第13話

早矢仕さんがそう言いながら、隠していたお菓子やジュースをベランダから出してきた。


T市は富士山から近いからか、ベランダにジュースを出しておけば天然の冷蔵庫になる。

表も夕方五時には真っ暗になるので下手に部屋の中に隠しておくよりベランダに置いておく方が都合がよいのだ。


「キー、ザキ。テーブル出してよ」


早矢仕さんに促され、俺達は部屋の隅に置かれていたテーブルを真ん中に持ってきた。

真ん中と言っても部屋は八畳間。

そのうち二段ベッドが三つも占拠してるのだから空いてるスペースなんていくらもない。


それでも何とか6人がバランスよく座れるように俺達は場所を作った。

阿倍野さんと圭ちゃんは何が始まるんだ? と言う気持ちの中に、もしかしたら…と言う気持ちが相まった表情をしていた。


早矢仕さんはジュースとお菓子をテーブルに置くと挨拶を始めた。


「えー、これからささやかながら、阿倍野ちゃんと圭ちゃんの誕生会を行いたいと思いまーす」


この言葉に誰からともなく静かな拍手が沸き起こった。

俺ははしづめやで買ってきたプラスチックの使い捨てのコップを人数分取り出した。


そこへ早矢仕さんが、みんな何飲む? と訊いたが、ウーン…どうしようかな…の声。


「コーラの人!」


早矢仕さんが手を挙げると、阿倍野さんとクボが手を挙げた。

ザキが早矢仕さんからコーラを取り、詮を開けてコップに注ぐ。


次いでサイダーの人、午後ティーの人と挙手を求め、みんなに飲み物が行き渡った。

お菓子はテーブルの上に無造作に置かれ、袋を全開にしてみんながつまみやすくした。


みんなに飲み物が行き渡ったのを確認して、早矢仕さんがコップを上に持ち上げた。


「では、阿倍野ちゃんと圭ちゃんの誕生日を祝して…乾杯」


みんなも「乾杯」と言いながらコップをぶつけ合う仕草をした。


その後みんな、グイッと一口…。


「アーッ!」


いや、この時ばかりはみんなもクボになっていた。

ジュースに口をつけた後、阿倍野さんがボソッと呟いた。


「いやー、まさかねぇ、ここで誕生日を祝ってもらえるとはね…」


いつも無表情な逸見正孝さんの様な顔をしている阿倍野さんが、珍しく喜怒哀楽を表情に現した。

それを見て、俺も嬉しくなった。



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