Bパート
私たちが到着したときには、犯人と人質はホテルの屋上にいた。私たちはすぐに辺りを封鎖して屋上に上がった。犯人は人質を柵の前に並ばせ、猟銃で威嚇していた。
「犯人を刺激するな! ゆっくり気付かれないよう包囲するんだ!」
倉田班長が指示を出した。私たちは拳銃を手に、身を隠しながら犯人に近づいた。だがその動きを犯人は感付いて猟銃を撃ってきた。幸い、誰にも当たらなかったが、これ以上、接近するのは困難だった。
「抵抗はやめろ! もうここは包囲した。逃げ場はないぞ!」
倉田班長が犯人に呼びかけた。だが犯人は、
「うるさい!」
とまた猟銃を撃ってきた。私たちは身を低くして見守った。犯人は相当、興奮している・・・。そして犯人は猟銃を人質に向けて、
「人質の命を助けたければ俺の言うことを聞け!」
と言ってきた。
「要求は何だ?」
「山内真一を呼んで来い! ここに呼ぶんだ! そうしないと人質の命は保証しない! 里子と同じように落ちてもらうぞ!」
そしてもう1発、空に向けて猟銃をぶっ放した。その様子を見て倉田班長は右手で「退け」の合図を出した。そこで私たちは屋上の階段のところまで一旦、後退した。
「犯人のことで何かわかったか?」
倉田班長がそこで待機していた岡本刑事に尋ねた。
「どうも戸部祐介のようです!」
すでに犯人の身元は割れていた。彼はあの冬山で亡くなった戸部里子の兄の祐介だった。岡本刑事は容疑者として挙がった戸部祐介を調べていたのだ。恐れていたことが起こってしまった。
「あの事故以降、勤めていた会社を休み、ずっと家に閉じこもっていました。しかし最近、出かけるようになり、あの事故の関係者、とりわけパーティーの参加者に『本当のことを言え!』と迫っていたのを目撃した人がいます」
「一体、奴に何があったんだ?」
倉田班長が聞くと岡本刑事が答えた。
「奴の知り合いの話ではSNSの書き込みを見て、山内真一に疑念を持ったようです。それで里子を見殺しにした真一に復讐すると言っていたようです」
「あの人質の4人は?」
「調べたところ、上野洋子、大塚健司、橋本芳江、宮本良樹です。あの事故で助かった4人です。このホテルで行われる会に出席することを知ったようです」
「山内真一は?」
「彼は体調不良で欠席しているとのことでした」
祐介の狙いは真一であることに間違いはなかった。その場に真一がいなかったのは幸いだった。だがあの4人が人質になっている。もしかすると彼らも祐介の標的なのかもしれない。
「人質もいるから簡単に手は出せない。狙撃班を準備させてくれ。荒木警部の許可が下り次第、行動に移ろう」
祐介はかなり興奮している。猟銃をあらゆる方向に向けている。それを人質に向けて撃ってしまったら・・・いや、ぶっ放さなくても、人質の体を強く押すだけで柵を乗り越えてそのまま30メートル下まで落ちて行ってしまうだろう。
私たちはすべての準備ができるまでひたすら待った。向こうでは猟銃を構えている祐介がイライラしながら声を上げていた。
「まだか! 山内はまだ来ないのか! 早くしろ! でないと人質を一人ずつ殺していくからな!」
やがて狙撃班の用意ができた。そこにようやく荒木警部も到着した。後ろに誰かがついて来ている。私はその男に見覚えがあった。
荒木警部はそこに置いてある資料を見ながら尋ねた。
「現状は?」
荒木警部の問いかけに倉田班長が報告した。
「犯人は戸部祐介です。興奮して猟銃を撃っています。人質の命も危ない状態です。事態は一刻を争います。我々がおとりになって奴を引き付け、隙が出たところを狙撃させたいと思いますが」
すると荒木警部の後ろにいた男が前に出て来て声を上げた。
「それだけは止めてください! お願いです!」
それは山内真一だった。体調が悪くて会を欠席したはずだが、こんな場所に現れるとは・・・。倉田班長は真一をじっと見て、荒木警部に聞いた。
「どうして彼をここに?」
「彼は下で警官に止められていた。必要だと思ったから来てもらった」
荒木警部はそう答えた。
「まさか彼を?」
「そうだ」
荒木警部と倉田班長は短い言葉をやり取りしていた。その間、真一は私たちに訴え続けた。
「ニュースを見て慌てて駆けつけました。すべて僕の責任です。人質になっている仲間は悪くない。僕が戸部と話します。どうか彼の前に出させてください」
目が落ちくぼんで憔悴しきっているのに、この場所に駆け付けたのだ。だが興奮している犯人の前に出せばどんなことになるかわからない。
「僕は彼を知っているんです。里子さんのお葬式の時、彼は涙ながらにこう言ってくれた。『皆さんが助かってくれただけでもよかった。妹も皆さんの元気な姿を見てあの世で喜んでいると思います』と。根は妹思いの優しい人です。ただ今の彼の心は深い疑惑の底に沈んでいるだけです。本当のことを知ろうとして・・・。僕が話をすれば納得するかもしれません」
真一はそう話した。だがこんな危険なことをさせるわけにはいかない。
「警部。それは無謀です。戸部は逆上しています。どんなことをするかわかりません」
倉田班長は荒木警部の考えに反対だった。荒木警部はしばらく考えて、間をおいてから口を開いた。
「そうかもしれない。だがこのままでは戸部を射殺せねばならないだろう。私が見る限り、戸部は大きな疑念を持っているだけだ。多分、SNSか何かで妹が見殺しにされたとの書き込みを見たのだろう。それが彼を狂わせたのだ。だがもし山内さんの口から真実を知れば止められるかもしれない。私はそれに賭けたい」
荒木警部は言った。だが私にはかなり分が悪い賭けのような気がしていた。
「しかし・・・」
「これしか方法はない。山内さんの思うとおりにさせてやるんだ。責任は私が持つ」
倉田班長の言葉を遮って荒木警部がきっぱりと言った。並々ならぬ覚悟のようだ。
「わかりました。私もそれに賭けます」
そこまで荒木警部に言われて倉田班長も腹をくくった。
「藤田と日比野。2人は山内さんとともに犯人のそばに行け。他の者は待機。狙撃班にも伝えろ・・・」
倉田班長は次々に指示を出していった。
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