Aパート

 それは2週間前にさかのぼる。


 ある男性の勇気ある行動が報道され、紙面をにぎわせていた。その記事はかなり印象的だったので、私はそれをよく覚えていた。

 彼は山内真一、どこにでもいる普通の会社員だ。だが彼には一つだけ大きな趣味があった。それは登山だった。特に白銀の世界が美しく見える冬山登山をこの上なく愛していた。その経歴は長く、日本中の様々な山に仲間とともに登った。


 今回も登山仲間とともにある冬山を登ることになった。男3人、女3人のいつものメンバーでパーティーを組んだ。天候もよく、順調に頂上まで行きつける・・・彼らは全員、そう思っていた。だが異変は急に起こった。いきなり足元が崩れ、パーティーのメンバーが滑落したのだ。だがロープで体をつないでいたので下まで落ちず、宙ぶらりんとなっていた。

 真一だけが滑落せずに残った。彼は危険を顧みず、メンバー4人を引き上げた。そして彼を含めた5人は無事に下山できた。しかし女性一人が山の下まで滑落して亡くなった・・・。


 彼は命を懸けて登山仲間を救ったとしてニュースに取り上げられた。世間の人々はその勇気を絶賛し、彼を時のヒーローとして持ち上げた。そして真一と助けられた4人はテレビに出演してインタビューを受けることになった。


「今日はあの滑落事故で奇跡の生還をなしえた5人の方に来ていただきました・・・」


 アナウンサーが5人を紹介して質問していった。


「どんな状況だったのですか?」

「冬山の雪の中で全員が滑落しました。でも僕たち5人はロープが引っかかって止まったのです」

「宙ぶらりんになっていました。でも真一が這い上がって僕たちを助けてくれました・・・」

「彼がいなかったらここにいないでしょう」

「全くです。彼は命の恩人です」


 助けられた4人はそう答えた。


「残念ながら仲間のお一人は亡くなられましたが」

「それは話さないで・・・。悲しくなるから・・・」

「彼女だけ不幸だった。すぐに下まで滑落してしまったから・・・」

「助けることはできなかった・・・」

「これ以上、話さないでいいだろう・・・」


 4人は沈痛な顔をしてそう言った。アナウンサーは暗い雰囲気を振り払おうと今度は真一にマイクを向けた。


「では山内真一さんに聞きましょう。大変だったですね」

「ええ、まあ・・・」

「どんな気持ちでしたか?」

「仲間を助けたいと・・・」


 テレビに映る真一はなぜか苦しげだった。暗い表情をして始終うつむき加減だった。それは謙虚な姿に見え、ますます彼の人気は上がった。


 しかしそのことを疎ましく思っている人間も少なからずいた。彼らはSNSであることないこと書き立て、真一を徹底的に叩いた。


「女性を見殺しにした」

「4人しか助ける気がなかった。その女性を恨んでいたからだ」

「ロープにしがみついている女性を突き落とした」


 そこは誹謗中傷の嵐だった。挙句の果てに真一は殺人者などと呼ばれていた。それを三流週刊誌が面白おかしく記事にした。ヒーローの裏の顔と称して・・・。それがさらに火に油を注いだ。

 SNSではそれが高じて、真一を殺すことをほのめかす書き込みが増えていった。正義の鉄槌を下すと・・・。

 こうなるとさすがに警察は動き出した。SNSでその書き込みを行った者を特定していった。やがて彼らは逮捕され、それで沈静化するかと思われた。



 だがその矢先だった。事件は起きてしまった。夜間に街の銃器店から猟銃と弾が盗まれたのだ。犯人は警報音が鳴り響く中、カギにかかったロッカーを破壊して、それらを持ち去って姿を消した。

 通報を受けて私たちが駆けつけ、捜査を開始した。そして容疑者が数名、捜査線上に浮かび上がった。その中には戸部祐介という名があった。それを見て私は何か胸騒ぎがした。彼はあの山で亡くなった、たった一人の犠牲者、戸部里子の兄だったからだ。


 この猟銃盗難事件の捜査の際、倉田班長が私たち捜査員に言った。


「これは単純な窃盗事件とは片付けられないだろう。その猟銃を使って恐るべきことが起こるかもしれない。早急に解決する必要がある」


 私も同感だった。悪い予感もしていた。するとそれは当たってしまった。あの盗まれた猟銃が火を噴いたのだ。


 ◇


 その日、SKホテルで山岳愛好会という登山仲間が集まる集会があった。そこにゲストとして真一に助けられた4人が出席した。会は和気あいあいと和やかな雰囲気で行われていた。そこに男が猟銃を持って乱入してきたのだ。

 会場に入ると男はまず、「バーン!」と天井に向けて猟銃をぶっ放した。すると弾が当たってシャンデリアが粉々に砕け散った。


「きゃあ!」「うわあ!」


 大きな悲鳴が上がり、人々は出口の扉に殺到した。しかし男はもう1発、天井にぶっ放した。


「全員、動くな! 床に伏せろ! そうしないとぶっぱなすぞ!」


 男が叫んだ。するとすべての人が床に伏せた。そこで男は一人一人、顔を確認していった。


「お前とお前、そしてそこの奴・・・」


 男はそこからお目当ての4人を探し出し、その場に立たせた。

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