第3話 薫、じゅんれい、公園

 薫は、マップになぞられた青い点線を頼りに歩いていた、それは平然と目的地へと向かって伸びていた。歩を進めていく程に、現在位置を示す青い丸が滑る。誰かに後をつけられている気分になったり、何処かの優秀な人間達によって自分の位置が上手く予測されているような気分になったりして、少し虚無感に襲われる。


 目的の公園は突然目の前に姿を現した、いやもともと視界に入ってはいたのだろうが、それが自分の目的地であったことを認識するのに少しばかり時間が必要であった。極力最小限に抑えるように、身を縮めているような公園だった、人間達の足跡を恐れているというよりかは、自らの存在性におびえているように見えた。

 塀には「狸公園」と浅く刻まれている。

 マップを閉じるより先に、スマートフォンをスリープ状態にする。

 薫は大きく息を吸った。入学式の、春のスタートダッシュの、生まれたての太陽の匂いがした。


 その公園には、誰かの落とし物のように小さな池が一つ置いてあっただけで、他には例えば子供達の時間を彩るような遊具や砂浜などは存在していなかった。特別楽しくさせるようなものがないというわけではなく、もちろん風を無視して揺れるブランコやシーソーの類いも無かった。

 その狸公園という神に拒絶されたような空間は、池の存在を肯定する為に創造されたとても善良的で不憫な公園であるように見えた。


 まっすぐ池に向かって歩いていった。

 池には蓮が浮かんだり、アメンボが水面をかき消したりして、素顔を見せまいとしているようだった。また、池底にある感情やら知性やらを隠しているのかもしれなかった。

 そして薫は、生と死の狭間のことについて考えた。

 

 鯉が1匹通過した。その1匹は、薫が知らない数の内の1匹だった。堅いうろこを水に撫でられながら、その狭い池を巡回していた。薫は、彼が何を目的として泳いでいるのだろうとしばらく考えた。

 宇宙全体の圧倒的な質量を微調節するため、子孫を残す使命に捕らわれているような子孫を残すため、未来食糧難に陥った人間の保存食として活躍するため。

 薫の思考には、遠いところから、次第に近い所へと移るような癖があった。

 池に何かしら人間の認識できるほどに大きい生物が必要であるから、池の底に沈んだ死骸を食い尽くす生物がどうしても必要であったから。

 そして後、1匹の鯉が目の前を通過し終える。細く流れる思考に誰かが大きな石をそっと置いていった。


 犬が鳴いた。帽子を深くかぶった女性の側を、春の足跡を追っているみたいに、柴犬が鼻を土にこすりながら散歩している。その女性は犬にやや引っ張られながら、それでも自身の歩調は崩すことなく散歩に付き合っていた。柴犬はもう一つ吠えた後、犯人の行き先をたどって行ってしまった。


 薫は、持ってきていた水筒を取り出した。小学生の頃の運動会や遠足でよく使っていた水筒を持ってきていた。ピンク色が褪せて、キラリと光る地肌が見えていた。その銀色をもっとえぐったら、今度は何色に染まってくれるだろうと薫は思った。



◇誰とも知らない、どこにいるかも知らない貴方へ


 お手紙読みました。まだ、うまく貴方のいっていることがよくは分からないし、それについて何か僕の意見とか考えを書こうとしても、上手く言い当てることができなかったり、的外れのことを書いてしまったりする気がしてならないので、時が来るまで(時は来ないかもしれないけれど)それについて僕はまだ何も書かない方が良いと考えました。だから今は、僕のことについてタンタンと書きたいと思います、貴方もそう望んでおられましたし。


 僕は、普通の高校生をやっております。高校2年生です。貴方のことはよく分からないけれど、『人生20年を通して』、とあったのできっと廷府大学の方でしょうか、僕の高校の近くにありますし。もしそうであれば、僕と貴方はあまり歳が変わりませんね。

 実はこんな僕も悩み事やら、過去のトラウマやら、様々なことを抱えています。まだ大人になりきっていない僕にすらあるのですから、世の中の大人というものになってしまえばきっともう処理のしようのない物事で身体的にも精神的にも捕らわれているに違いありません、大人には本当になりたくはないですよね。


 僕は、少し前から精神的に何かしらの病もどきを抱えています。正確には病ではないのです、だって病院で診察をして貰っていないのですから。自分で勝手に病気だと判断して、それをプレートに掲げて歩き回るということをする人もたくさんいるのですが、僕はそういうことをあまりしたくはないのです。

 しかし、やはり僕は本当に何処かがおかしいのです。頭と言われてしまえば頭だし、心と言われてしまえば心だし、そういうとても曖昧な部分に傷をつけてしまったのです。いや、生まれつきかもしれません。生まれおちてからずっと僕が持っているあまたあるものの内の、一つかもしれません。やはり僕には分からないのです、もっと、分かろうとすることを諦めています。僕たちを取り巻いている事象には、本当の意味なんてありはしないのです。


 先日僕は猫を1匹殺しました。今そいつは、狸公園の池にいます。


令和10年 6月23日

 

追伸 これでよかったのでしょうか。

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