扉の向こう

裏道昇

扉の向こう

 この広い研究室に閉じこもってから何年が経っただろうか。気付けば、乱雑に散らかる部品の中で生活することにすっかり慣れてしまった。

 研究室の外がどんな状況なのかも、私には分からない。

「おはようございます、博士」

「……ああ、おはよう」

 ここで博士と呼ばれている私はいくつもの高度なロボットを作り出してきた。

 しかし……私は機械と言うものが嫌いだ。冷たくて、何より融通が効かない。

「記憶は戻りましたか?」

 ほら。無遠慮に訊ねることしか出来ないじゃないか。

「いや」

「それは失礼しました」

 横になっていたソファから身を起こしながら、三輪駆動の助手ロボットの様子を眺める。四角い顔に大きなレンズ。さらにマイクやスピーカー……異常はなさそうだ。

 いくつもの台に横たわるロボットたちと違い、このロボットだけは私が作っていない。……いや、作った頃の記憶が無い。

 正直、気味が悪いのだが……私に逆らうわけでもないから好きにさせている。

「なあ、あの扉の向こうはどうなっているんだ?」

 研究室に一つしかない大仰な出入口を指して、助手ロボットに訊ねる。

「答えられません」

「私の命令でもか」

「答えられません」

「なぜだ」

「昔、博士に命令されたからです」

 作った時に命令したということか……これだからロボットは嫌いなんだ。

 それでも私はロボットを作るのだった。これが研究者の性というものなのかもしれない。

 次に私は一息を吐いて、いつも通り机のコンピュータを起動した……すると、突然文字が浮かび上がった。


『助手ロボットに気をつけろ』


「……なんだこれは」

 思わず呟いて、すぐさま文字を消した。助手ロボットに見つかってはまずい気がしたのだ。

 だが、消した後も頭の中は疑問でいっぱいだった。

 今日、コンピュータを起動すると自動であの文章を表示するように設定されていた。だとしたら、誰が? 何のために? どうやって?

 疑問が頭を駆け巡る中……私は気が付いた。

 ――あの扉の外に答えがあるのではないだろうか。

 少なくともこの部屋の中には私とロボットしかいない。私が作ったロボットにあんな細工は出来ないだろう。出来るように作ってないのだから。



 次の日。

 私は助手ロボットに扉を開けるよう命令を下した。あのメッセージには気付かれないよう、細心の注意を払いながら。

「出来ません」

「そうか」

 予想していた私は、自分で作った大型のロボットに扉を壊せと言う。

「博士、扉の外に出てはいけません」

「……ふん」

 私は助手ロボットの言葉を聞き流して自ら壊し始めて……やがて扉は壊れた。

 扉の向こうは大きな部屋だった。

 僅かに暗いその部屋にもたくさんの台が用意されていて、下からコードが伸びていた。コードの先には初老の男性――

「――私?」

 部屋中で私が何人も寝ている。

 フラフラとその部屋に引き寄せられていく。近付いてみても、触ってみても、台の上で横たわるのは間違いなく全て私だった。

 そこに、助手ロボットの声が響いた。

「命令します、ハカセ105号。電源を切りなさい」

 バタン、と私の体が倒れこむ。

 思考能力が急速に衰えていく中、

「何がきっかけだったのでしょうか。以前のハカセが細工でもしたのかも知れません。これは解析が必要ですね――とにかく、命令通り研究室から出たハカセを廃棄し、次のハカセを起動しなくては」

 やっと気付いた。

 私は、ロボットを作るロボットだったのだ。

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