第53話 ノルンダンジョン領域クリア
ドラゴン素材を換金した6000万ゴールドはパーティメンバーで山分けとなった。
ダグラスは教会騎士として教会に戻り、ゴールドは教会に納めるらしい。
「あなた方に会えてよかった。何かあればいつでも声をかけてください。馳せ参じますので。あの御二方のことには私も気を配っておきますので、ご安心を」
ギュンターとヒルデは国には戻らずふたりで生きていくようだ。ふたりの幸せそうな笑顔を見てリゼットも嬉しくなった。
分配金の受け取りをかなり渋ったが「約束ですので」とほとんど無理やり押し付けるようなかたちになった。
「皆さまの無事をいつでも祈っています」
「何かあったらいつでも呼んでくれ」
そしてあっという間に三人パーティに戻る。
「ディーはこれからどうするんですか」
「そうだなー。罰金もなくなったし、まとまった金も手に入ったし。少しのんびりして普通に働くかな」
「素敵ですね」
「だろ? まあ鍵師か傭兵が必要になったらいつでも呼べよ。じゃあな、楽しかったぜ」
そう言ってディーもあっさり去っていき、あっという間にリゼットとレオンハルトのふたりきりに戻った。
レオンハルトとふたりきりに戻ってからは、あまり言葉も交わさずに、人の行き来が激しい街中を並んで歩く。
ダンジョンがなくなったことで、一攫千金を夢みる冒険者たちも、ダンジョンの恵みを受け取っていた商売人や職人も、この街を去ろうとしている。
冒険者が去れば冒険者ギルドも早々に閉鎖されるだろう。
ダンジョン送りになった罪人たちは、恩赦が出るかもしれないし、また別の聖務を与えられるかもしれない。
そうやって世界や時流は変わっていく。
リゼットもここからどこへ向かうのか決めなければいけない。
(どうしましょう……このまま黙っているわけにもいきませんわよね)
だが、レオンハルトにこれからどうするのか聞いたら、あっさり行き先を言われて解散になるかもしれない。
そうしたらまた一人きりになる。
それは、少しだけ寂しい。
「リゼット。君はこれからどうするんだ」
黙っているとレオンハルトから話を切り出される。
結局いつまでも黙ったままではいられない。
リゼットはうまく答えられず、思わず空を仰ぐ。
青い空は平和そのものだった。
(自由とは、手にしてしまうとその自由さに目まいがしてしまいますわね)
「実は決めていません」
海を渡る必要ももうなくなってしまった。
「レオンは?」
「俺は……」
すぐに答えが返ってくると思ったが、レオンハルトも言葉を濁す。
レオンハルトはドラゴンを倒すという成人の儀を終えた。国に帰るつもりはないと言っていたが、心とは変わるものだ。
どんな道を進むのだとしても、リゼットには見送ることしかできない。
(……そんなことはないのかも)
思い直す。
一緒に行きたいと言っても構わないだろうか。断られたらその時はその時。
どこに向かうとしても、一人よりも二人の方が安全だ。だから。
「……俺は、君と――」
レオンハルトの顔を見ようとするが、目をそらされて表情が見えない。
「待て! リゼット」
聞き覚えのある声に激しく呼び止められて振り返る。そこにいたのはホコリまみれになったベルナート・ベルン次期公爵だった。おそらくモンスターが溢れている間どこかで隠れていたのだろう。
「まだいらっしゃったのですか?」
「私が間違っていた」
「……なんのお話でしょうか?」
「私が愛しているのは君だけだ。どうか私のところに戻ってきておくれ」
(頭でもぶつけたのかしら)
メルディアナと真実の愛を育んだと言って婚約破棄をしてきたというのに、この心変わり。
意図は明らかだ。婚約破棄したリゼットが真の聖女になったと思って、自分の地盤を強固にするために妻にしたいだけだ。
だがリゼットはそんな未来は望んでいない。
「私にはもう愛する方がいます」
リゼットは手を伸ばし、そばに立つレオンハルトの腕に抱きつく。
「リ、リゼット?」
驚くレオンハルトに微笑みかける。
「行きましょうレオン」
「頼むリゼット! 君がいなければ私は破滅する……!」
ベルン次期公爵は地面に手と膝をついてリゼットに懇願してくる。自分の将来がかかっているため必死だった。
「先に手を離したのはそちらの方だろう」
「そ、それはやむを得ず……」
「俺はリゼットを愛している。誰にも渡すつもりはない。戦うというのなら受けて立とう」
リゼットの頬が熱くなる。
その場しのぎの演技だとわかっていても。
レオンハルトに手を引かれて歩き出す。
――ベルナート・ベルン次期公爵。聖女と婚約破棄して偽聖女と結婚しようとしたと広まれば、次期公爵ではなくなるかもしれない。
リゼットは振り返らなかった。
「レオン、恋人のふりをしていただいてありがとうございます」
「あ、ああ……」
もうすぐノルンの外に出るところまで来て、リゼットは足を止める。
「私、決めました。とりあえずこの国を出ます。あとは自由を満喫しながら考えます。だからレオンもこれからどうするのか、教えていただけますか」
レオンハルトの顔を見上げて決意を語ると、エメラルドグリーンの瞳と目が合った。
瞳が、金色に揺らめいて見える。
神秘的な美しい輝きに、リゼットは見惚れてしまった。
「リゼット、俺は――」
「はい」
真剣な表情で見つめられて、何故か心臓の鼓動が速くなる。
「俺は……」
「…………」
「俺は……君と共に生きたい」
「レオン……」
胸が喜びに震えて、頬が赤く染まる。
リゼットはレオンハルトの手を、両手でぎゅっと包み込む。
「うれしい! 私もそう思っていたんです」
「リゼット――」
「私のモンスター料理をそんなに気に入っていただけるなんて」
「……料理? あ、ああ。それも好きだけれど、俺は……」
「レオンとなら、更に極めていけそうな気がします。もしよかったら、これからも私の料理を食べていただけますか?」
「あ、ああ! もちろん!」
どさっと物陰で何かが倒れる音がする。
どこかへ旅立ったはずのディーが、地面に突っ伏していた。
「ディー、どうしたんですかそんなところで倒れて」
「いや、うん、お前らがいいならそれでいーけどよ……」
「なんの話ですか?」
「なんでもねーよ。ったく」
なぜか怒りながら立ち上がり、土埃を払いながら大きな大きなため息をつく。
そうしていると、ガラガラと荷車を引いて街の外に向かうふたりのドワーフがやってきた。
「カナトコさん、カナツチさん! ご無事だったんですね」
「何が無事なものか! やれやれ、また一からやり直しじゃわい」
「まいったまいった」
ドワーフ兄弟はまったく同じ表情で言う。
どちらがどちらなのかは、やはりリゼットには区別がつかない。
「どこへ向かうんだ?」
「うむ。ここから西に新しいダンジョンができたらしいからのう。そっちに移るわい」
「新しいダンジョン……」
その言葉にリゼットの胸がときめいた。
「新しいダンジョン、新しいモンスター、新しい料理……」
「嫌な予感が……おいレオン止めろよ」
「俺はリゼットが望むなら何でも」
「こいつ……」
リゼットは力強く西の空を指差した。
「行きましょう、レオン、ディー。新しい冒険へ!」
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