第51話 ダンジョンのすべてが
地上に現れたモンスターは灰も残さず消えた。
「なんて力だ……」
レオンハルトの声を聞きながらリゼットは自分の髪を見る。
一房が赤く燃えている。
「リゼット、大丈夫なのか」
「私は大丈夫です。ありがとうございます」
髪は燃えているが熱くはない。
炎が燃え広がることもない。
この部分だけルルドゥの髪のようだった。
だが、リゼットの髪だ。
意識もしっかりとしている。
「行きましょう、皆さん。あのダンジョンをなんとかしないと、またモンスターが出てきてしまいます」
「ああ、行こう」
地上に現れたダンジョンへと。
いまだに溢れてくるモンスターを倒しながらダンジョンに近づく。
地上に現れたダンジョン――白い骨の塔を見る。
近くに来てよく見れば、その中央にはメルディアナが磔のようになっていた。あのダークエルフと共に。
ダンジョンと一体化したダークエルフの腕が、しっかりとメルディアナを抱え込んでいた。絶対に逃さないという執念深さで。
【火魔法(神級)】【敵味方識別】【魔法座標補正】
「アルティメットブレイズ!!」
再び女神の火矢を落とす。
白い炎はダンジョンを貫き、焼いた。
骨の一片すら燃やし尽くすほどの激しい炎で。
ダンジョンが崩れ落ちていく。雪のような灰を散らして。
山となった灰の中から、ダンジョンに取り残されていたと思しき冒険者たちが出てくる。
灰の中には気絶したメルディアナとダークエルフもいた。
立ち上がったのはダークエルフのみだった。その他は皆気絶していて動かない。
「クソが……」
ダークエルフは口の中のものを吐き捨てる。血と灰が混ざったものを。
すっと胸を張り、肩を竦める。余裕の笑みを浮かべて。
「完敗だよリゼット。まさか君がここまでのものだったとは。ただの材料だと思っていたのに」
銀色の瞳に憎悪を込めて、暗い賞賛を送ってくる。
「だからこそ生かしてはおけない。さすがに君ももう魔力切れだろう?」
「…………」
そのとおりだ。
二回の大型魔法で、魔力は枯渇寸前だ。
「あなたは何者なのですか」
「エルクド・ドゥメル。主の忠実な下僕であり、このダンジョンのすべて」
ダークエルフは誇らしげに笑う。
リゼットへの勝利を確信した表情で。
リゼットは深く息を吸い、吐く。
「何故私たちの前に現れたのですか」
「僕の目的はメルの方さ。彼女の強欲を刺激して、ダンジョンを地上に引き寄せた。すべてうまく行っていたのに……」
ダークエルフの姿が変わる。
全身から黒い炎が立ち昇り、身体が浮く。
「悪魔の傀儡め……」
黒い炎は激しく燃え上がり、それはダークエルフをドラゴンの姿に変えた。
黒竜の姿に。
黒竜の周囲に黒い魔方陣が展開する。中から黒い炎のような魔力の塊が、大蛇のように牙を剥いてリゼットに向かってくる。
黒魔術が、リゼットを食い殺そうとする。
――あの日。
聖痕を奪われた日。
この黒魔術でリゼットは聖痕を奪われた。
同じ黒魔術が、今度はリゼットのすべてを食べようとしている。
【聖盾】
強固な魔法防壁がリゼットを守る。
ずっとリゼットを守ってきてくれた盾が。
前を向く。
黒竜を見る。
二度の大型魔法で一度は枯渇状態になった魔力。
だが。
仲間が。
火の女神が。
あのドラゴンのステーキが。
ダンジョンでのすべての出会いと恵みが、リゼットの力になっている。
あのダンジョンのすべてが。血となり肉となり魔力となる。
(私はまだ戦える!)
――力が湧いてくる。
【魔力操作】【火魔法(神級)】【魔法座標補正】
「ブレイズランス!!」
集められるすべての魔力を集めて、神炎の槍でただ一点を貫く。黒竜の身体を。
神炎は黒竜の身体を燃やし、灰と化する。
灰は空に舞い、ダンジョンの灰と混じり、空の青に溶けていく。
黒竜の身体の奥にあった琥珀色の魔石が、空から地上に落ちた。まるで終わりの合図のように。
ヒルデが広範囲に回復魔法をかけると、気絶していた冒険者たちが少しずつ起き上がってくる。
リゼットは倒れたままのメルディアナの元へ向かう。
「命に別状はありません。ただ、この姿はもう戻らないでしょう……でも、身体の内側は若いので身体機能には問題はありません」
「ヒルデさん、ありがとうございます」
リゼットはそっとメルディアナの首に触れる。
――生きている。
伝わってくる体温に安堵しながら、首の後ろを確認する。聖女の証である聖痕は消えていた。
メルディアナの身体は教会へと運ばれていく。
意識を取り戻した冒険者たちや、難を逃れた冒険者たちは、消えていく灰を、消えたダンジョンを眺めて立ち尽くしていた。
ダンジョンは消えた。
灰が風に飛ばされれば、跡地には穴が残るだけだ。
ノルンのダンジョンは消えてしまった。
「リゼット……」
「レオン……どうしましょう。聖遺物と一体化してしまったので、売ることができなくなってしまいました」
聖遺物を取り込んだときに赤く燃えた髪は既に元通りになっているが、もう聖遺物は取り出せそうにない。その力はリゼットと完全に一体化していた。
売ることができないため、罰金の支払いは別の方法で調達しなくてはならなくなったのだが。
「ダンジョン領域が消えてしまっては、これからどうやって稼げばいいのか見当もつきません……」
「――いや、あるじゃないか。ドラゴンの素材が」
レオンハルトの言葉にディーが頷く。
「そーそー。根こそぎ持ってきたアレ。全員アレでアイテム鞄パンパンだぜ。あれだけあれば結構行くぞきっと。5000万くらい軽い軽い」
「ですがそれでは皆さんの分が――」
レオンハルトが首を横に振る。
「そんなこと気にしなくていい。皆、そんなつもりでダンジョンに潜ったわけじゃない。リゼット、君を助けるためだ。だから君の自由のために使ってくれ」
ギュンターも、ヒルデも、ダグラスも頷く。
その表情は柔らかい。
「皆さん……」
リゼットの胸が震えた。
あたたかいもので満たされて、溢れそうになって。涙が出そうになった。
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