第40話 トレントの白ブドウ
身体を半分失い倒れたマンティコアの中から、琥珀色の魔石がころころと転がり出てくる。
勝利の後にやってきたのは、つかの間の静寂だった。
ただしモンスターはまだ残っている。サイクロプスもガルムも。
「行きましょう、レオン、ディー」
近づいてくるモンスターを倒しながら人気のない方向へ逃げる。
賞金稼ぎたちは追ってこない。これだけ被害が出てモンスターがまだいる状況では無理はしないだろう。生き残っている者たちも帰還するはずだ。
「……お腹が空きました」
「食べたもん全部魔力になってんのかよ。燃費いいんだか悪いんだか」
リゼットはじっと先ほど倒したサイクロプスを見る。
「人型は論外だからな! 喋るやつも絶対に嫌だからな! なんかの病気になる!」
「ではガルムを――」
「犬は、その……昔飼っていた犬を思い出すから……」
レオンハルトは悲しそうに顔を歪める。
(おふたりとも繊細ですわね……)
幸い、食材のストックはまだまだある。無理強いはしたくないので諦める。
心理的ダメージも立派なダメージ。戦闘に支障が出ては命取りになる。
「鳥系モンスターや植物系のモンスターとかいたらいいんですが……」
「……なんか甘い匂いがするな」
ディーがぽつりと呟き、匂いの出所を探るように風を嗅ぐ。
「こっちだ」
辿り着いたのは緑の庭園だった。
レオンハルトに背負われて運ばれながら、リゼットはその光景に目を奪われる。
貴族の邸宅だったのだろうか。庭園は広大で草花が息づき、そして庭園にはいささか相応しくない巨大な倒木が横たわっていた。
モンスターの気配はない。
「これは……トレントだ。もう死んでいる」
樹皮だけしか残っていない倒木を見てレオンハルトが言う。
【鑑定】トレント。木の精霊。性格は非常にのんびりしていて動きも遅いが、一度怒ると誰にも止めることはできない。
トレントは死んでからかなりの時間が経っているようだ。
そしてその死んだトレントを棚にして、白ブドウが実っていた。
爽やかな黄緑色の果実がたわわに実っている。
「甘い匂いの正体はこれだな。食えるのかこれ?」
警戒するディーの横でリゼットはレオンハルトの背中から降りる。
手の届くブドウに手を伸ばし、もぎ取って、一粒食べた。
「躊躇ねぇな……」
口の中で薄い皮が破れると、瑞々しい実から酸味のある甘い果汁が溢れ出す。
「甘い……おいしい」
うっとりと呟き、次々と食べていく。水分が喉を、身体を潤していく。
「とってもおいしいです。お二人もどうぞ」
草原の上に座り、三人でブドウを食べる。まるでピクニックのようだ。
「本当においしい……このブドウ、誰かが植えたのでしょうか」
「種を捨てたやつがいるんじゃねーの」
「それがこんなに立派に育つなんて……感動しました」
いくらでも食べられる。シロップ漬けやシャーベットにしたいほどだ。
そう思った瞬間、リゼットはブドウを魔法で凍らせていた。
「うん……?」
食べて首を傾げる。
甘みが足りない。
(これはそのままの方がおいしいですね)
結論づけて、何食わぬ顔でブドウを食べる。
手を加えたほうが食べやすくおいしくなるものもあれば、そのままがおいしいものもある。
「このブドウもトレント水を飲んで育ったのかもしれないな」
レオンハルトが大量に実るブドウとトレントの倒木を眺めて言う。
「なんですかそれは」
「トレントからあふれ出てくる、生き物の成長を促進する水だ。この水があるからトレントはこんな大樹になると言われている」
「へーっ。この階層に大型モンスターが多いのも、この水を飲んだからかもな」
「十分ありえる」
レオンハルトはブドウを食べる手を止める。
じっとブドウの実を眺める横顔は真剣そのものだった。
「……以前に来たときは、大型のモンスターはこんな大量にいなかった。ダンジョンが成長しているんだ」
「成長? ダンジョンって成長するんですか?」
それではまるでダンジョンそのものが生命を持っているかのようだ。
驚きと興奮を覚えるリゼットに、レオンハルトは頷いて答える。
「ああ。ダンジョンが成長するとモンスターの数が増えて凶悪になる。そしてエサを求めて上の階層に登る……冒険者ではモンスターが抑えきれなくなると、地上にモンスターが這い出てくる」
「そんな……」
地上にまでモンスターが溢れれば大惨事になる。
だがダンジョン領域には結界がある。
罪人を逃げさないための結界はモンスターを外に出すこともないはずだが、本当に結界が効果を発揮するかの保証はない。
「地上にいる野生のモンスターはダンジョンから出てきたモンスターのその子孫だと言われている。ほとんどのモンスターは討伐されるし、ダンジョンとの環境の違いで生きてはいけないけれど、時折動物と交雑して生き残る種族もいる」
地上にもモンスターはいる。しかしその多くは小柄で臆病だ。普通の獣と同じように。
しかし時折巨大で凶暴なものもいる。ジャイアントキリングベアーのように、雑食で肉を好み、人を襲うものも。
「なんか嫌な感じだな。中のモンスターも強くなっていたりとかしねーだろうな?」
ディーが嫌そうに呻く。
「そうです。第六層のドラゴンがツインヘッドになっていたりするかもしれません」
「いや。俺の見たドラゴンは最初からツインヘッドだから」
「――なんてことでしょう」
まさかの双頭竜。
「ではトリプルとかフォースヘッドとかになっていたりするかも」
「盛るトコそこかよ! もっと他にあるだろ! 火力とか、体力とか……ってますます絶望的な感じがしてきた……」
「まあ、ここで言っていても始まらない。この目で見ないことには」
「嫌な予感しかしないぜ……」
レオンハルトが立ち上がる。
「そろそろ行こう。エリアボスのマンティコアは倒したから、リゼットが望めば階段はすぐに見つかるはずだ」
「私が望めば……」
階段は倒れたトレントの空洞の中に隠れるように存在していた。
「もうすぐドラゴンに会えるのですね」
高まる期待に胸を熱くしながら、リゼットは階段を降り始めた。
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