第39話 マンティコア
耳を澄ませば結界越しに外の音が聞こえてくる。
遠くの怒号に、魔法による破壊音。
悲鳴。大地を揺らす、ずしんずしんという重い足音。
それらが少しずつ大きくなり、近づいてくる。
「このままだとまずくねぇか。どうする?」
「出よう。向こうもいまはモンスターに気を取られているだろう。戦闘に巻き込まれるのはごめんだ」
「はい」
結界を解いて外に出ると、滅びた街は完全に戦場になっていた。
あちこちから黒い煙が上がり、その合間を巨人のモンスターたちが闊歩していた。
【鑑定】サイクロプス。人を食う単眼の巨人。非常に力強く頑強。
崩れた屋根が降ってくる中を走り、見通しのいい道に出る。
その先では黒い犬のモンスターに追われながら戦っている賞金稼ぎたちがいた。
【鑑定】ガルム。最上の犬と呼ばれる巨大な猛犬。
「リゼット、行こう」
レオンハルトがリゼットの手を取り、走り出す。
モンスターたちはリゼットたちには関心を払わず、賞金稼ぎの方へ向かっていく。賞金稼ぎたちもモンスターに気を取られていてリゼットを襲ってこようとはしない。
「どうしてモンスターはこちらに来ないのでしょう」
「モンスターは人数の多いほうに引き寄せられやすい。あれだけ大人数で行動しているんだから当然だ」
「でもあいつら全員やられちまったら、次はこっちに来るんじゃねーのか?」
「賞金稼ぎもここまで来ることができたメンバーだ。早々負けることはないはず――」
そう言う間にもあちこちで脱出の光が打ち上がる。
死亡、もしくは逃亡の証の光が。
「ぼろぼろに負けてんじゃねーのか」
「連携が全然取れてない……」
レオンハルトも予想外だったのか、掠れた声で呆れたように呟く。
「個々の強さ頼みでここまで来たんだろう。敵の数が多い状況に対応できてない」
指揮官のいない烏合の衆。
レオンハルトの言っていたとおり、本当の仲間ではなかったということだろうか。
「なら早く倒しておきましょう」
リゼットはあっさりと決断し、走る足を止めた。
「おいおい、他人に気を遣ってる余裕はねーぞ!」
「分散しているいまの内の方が戦いやすいです。だいじょうぶです。いまの私は力が満ち溢れていますから」
リゼットはくるりと踵を返して、ガルムの群れを見る。
周囲の賞金稼ぎたちが全滅したためか、真っ直ぐに向かってくる。
【先制行動】【火魔法(上級)】【魔法座標補正】
魔法の命中率を上げるスキルを獲得して――
「ラヴァフレイム!」
魔法発動の言葉には、さほど意味はない。ただ魔法のイメージを固めるものに過ぎない。
リゼットは辺り一面に広がる灼熱の溶岩をイメージし、魔力で具現化させる。
地面が溶け、真っ赤などろどろの溶岩がガルムたちを包み、飲み込み、一掃する。
モンスターはまだ他にいる。
次に迫ってくるのは巨大な筋骨隆々の人型モンスター、サイクロプス。緑の皮膚の一つ目巨人。
辺りの家より背が高く、足音は地響きを伴う。
黒い眼が遥か高みからリゼットを見下ろす。
【先制行動】【魔力操作】【水魔法(上級)】
「アイスウォール!」
リゼットは通路の間に巨大な氷の塊をつくり、サイクロプスの進行を阻む。
氷の壁はサイクロプスの頭のすぐ下まで伸びたが、サイクロプスはそれを乗り越えようと両手を氷にかける。
【魔力操作】【火魔法(上級)】【魔法座標補正】
「フレイムバースト!」
前に突き出された頭の目玉部分で爆発を起こす。
力が圧縮された超強力な爆発を。
「フレイムバーストッ!」
更に頭を爆発させ。
「フレイムバーストッッ!」
三回連続の爆発で頭部を完全に破壊する。
サイクロプスは倒れ、完全に沈黙した。
その直後にまた別のサイクロプスが近づいてきたので、同じように撃破する。下半身を氷で包み込んで固め、フレイムバーストで頭部を破壊して。
どれだけ魔力を使っても魔力が無尽蔵に湧いてくる。負ける気がしない。
――その時、黒装束のリリパットが上から落ちてくる。
「や、やんのかこら! この二人は鬼強いぜ!」
リリパットはすでに死んでいた。
首がありえない角度に曲がっている。
その身体が光って消える。いくつも見た脱出の光と同じように。
「上だ!」
レオンハルトの声に弾かれるように屋根の上を見る。
そこには人の頭を持つ金色の毛の獅子がいた。
「マンティコアか……!」
【鑑定】マンティコア。人の頭と獅子の胴体。サソリの尾びれを持つ。皮膚は魔法耐性が高い。高度な知性を有し人語を解する。
レオンハルトが素早く剣を抜く。
マンティコアのサソリの尾がゆらりと揺れ、持ち上がる。
「悪魔ノ傀儡メ……」
「いま喋りました?!」
地の底から響くかのような怨嗟のこもった声に、リゼットは心の底から驚いた。
モンスターと意思の疎通が可能かもしれないだなんて。
「消エ失セロ!」
――相互理解の道は険しそうだが。
マンティコアが屋根の上から飛び掛かってくる。
獅子のしなやかな跳躍。
普通なら人間が獅子に勝てるはずがない。ましてやモンスターに。
だが冒険者は普通ではない。
レオンハルトは魔力防壁は張らず、体さばきと盾でマンティコアの爪を防ぐ。
普通なら吹き飛ばされるほどの力の差。
だがレオンハルトは太さのまるで違う腕で、大きさと重さのまるで違う体格で、マンティコアと対等に渡り合う。
爪が鎧に食い込んでも怯むことなくすぐに治療して。
アダマントの剣を振るう。
剣はマンティコアの胴体の皮膚を斬り裂いた。
皮膚が裂けて赤い血が金色の毛並みに滲む。傷自体は浅い。
リゼットはそこに狙いを定める。
「フリーズアロー!」
氷の矢は傷口からマンティコアの体内に入り込む。
リゼットはそこを起点にして、力の限り魔力を注ぎ込む。
皮膚は魔法耐性が高くとも、内側は――
「フレイムバーストッ!」
内側からの大爆発で、マンティコアは砕け散った。
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