第38話 未来へ進む


 ダンジョンに訪れるのは犯罪者だけではない。

 危険なダンジョンに人が集まり、深層に挑むのは、その最奥に何があるかわからないからだ。


 未知の宝、名声、奇跡、謎。つまりは夢。

 夢が人を引き付ける。


 レオンハルトは最奥に眠る何かにリゼットの希望を見つけようとしている。現状を打破する何かを。


「結局最初の目的と同じかよ。オレは無謀だと思うけどな」

「そうとも言い切れない」


 レオンハルトは力強く言い、剣の柄を握る。アダマントの剣を。


「俺はいま、かつてなく力に溢れている。身体は以前よりも数段頑強になっている。たぶん、リゼットの料理のおかげだ」

「私のモンスター料理が?」

「ああ。あれにはきっと強力な強化効果があるんだろう。いまなら皆の盾になるのと、自分の回復ぐらいはできる」


 強化効果にはリゼットにも心当たりがあった。

 いくら魔法を使っても魔力切れにならなかったのはモンスター料理のおかげかもしれないと思っていた。


 ダンジョンの恵みは本当の恵みだった――その事実に胸が熱くなる。食の素晴らしさに感動する。

 出会い、戦い、料理し、食したモンスターたちは、リゼットの中で強く息づいている。


「……あのさぁ、もしダンジョンを攻略して、リゼットの罰金払えたとしてもだ。聖女がその妹だとこの国では生きられねぇだろ」


 ディーはあくまで冷静だ。その指摘はおそらく正しい。


「そうでしょうね」

「なんか当てはあんのか」


 リゼットは一瞬口ごもる。

 そんなものはない。


「自由さえあれば、私は……」

「海を渡ればいい」


 レオンハルトの声に顔を上げる。

 目が合った瞬間、絵でしか知らない海が見えた。きらきらと金色に輝いて。


「海路は経験がある。任せてくれ」

「レオン……」


 海の向こうという未知の世界。

 誰もリゼットを知らない場所。そこに、未来が見えた気がした。胸が沸き立ち、リゼットは勢いよく立ち上がる。


「ありがとうございます。行きたいです!」

「ああ」

「……はあーっ、まあ一回は付き合うって言ったしな。オレもいくよ。ドラゴン。――ただし! 戦闘の役に立たなくても分け前はきっちりもらうぜ」

「ふたりとも……ありがとうございます」


 目元が熱くなって指でぬぐった。


「おふたりに出会えてよかった……そうだ。これを持っていてください」


 死亡時にダンジョンから脱出して蘇生できるアイテム『身代わりの心臓』をディーとレオンハルトに渡す。


「カナトコさんからいただきました。念のためにそれぞれで持っておきましょう」


 カナトコから貰ったものがひとつ。

 リゼットがエルフの錬金術師から貰ったものがひとつ。

 合計二つ。リゼットの分はない。それを悟られないように振舞う。

 ――ふたりを死なせたくはない。


「サンキュー。これで死んでもなんとか繋がるか」


 ディーはハート形のアミュレットをポケットに入れる。

 レオンハルトにも受け取ってもらえてほっとする。

 これで全滅してもふたりは助かる。

 リゼットにできるせめてもの誠意だった。





「とはいえ、賞金稼ぎと戦いたくねぇな。あいつらモンスター相手にも対人にも慣れているぜ。地上の復活場所にも見張りがいるだろうから、殺しも遠慮しねえし」

「次の階層に逃げても追いかけてこられそうですし、自主的にお帰りいただくしかないですね」

「食料切れでも狙うかぁ?」


 あの大人数なら食料の消費も多い。しばらく身を隠して時間稼ぎをすれば、撤退していくのではないだろうか。幸いこちら側には食料がたくさんある。

 ――しかし。


「でも、モンスター料理が得意な方々かもしれませんし」

「断言するけどそんな変人は滅多にいないぜ」

「そんなっ?! 手に入れやすくておいしくて強化効果もあるのにどうしてですか」

「知らねぇよ。嫌なんだろなんとなく」

「なんとなく……」


 生理的に嫌ということだろうか。確かに最初は拒否感があるかもしれない。だが一歩勇気を持って踏み出せば新しい世界が拓けるかもしれないのに。


(それは私の役目かもしれない)


「いつかモンスター料理を世界中に広めてみせます」

「お、おう……がんばれ? レオンは何か考えとかないのか?」


 レオンハルトは先ほどからずっと考え込んでいる。ディーに話を振られ、小さく頷きこちらを見る。


「彼らは本当に仲間だろうか」


 真剣な表情で言う。

 リゼットは首を傾げた。

 同じ目的を持ち集団で行動している。仲間でなくてなんだというのだろうか。


「彼らは20人近くいる。賞金1000万でも割れば一人あたり50万。地上にも仲間がいれば更に分け前は減る」

「そう言われるとショボいな。労力に見合わねー」

「確かに……」

「どんな分配方法を取っているかはわからないが……少しでも多く稼ぎたい、出し抜きたいと思っているやつもいるはずだ。仲間割れを誘発して潰し合わせた方が――……」


 リゼットとディーの視線に気づいて、言葉を止める。


「……何か変なことを言ったかな」

「いえ、レオンは高い視点から全体を見ているのだなと思って」

「さすが王族。腹が黒い」

「う……」


 レオンハルトはふらふらと部屋の隅に壁を向いて座り込む。


「……俺は……同類だったのか……?」


 相当なショックを受けたらしい。何やらぶつぶつと呟いていた。


「おいおい、うっとうしく落ち込むなよ。いつか王様になるんだろ?」

「ならないよ。帰るつもりはないし王になるのは兄だし」

「ドラゴン倒すんだろ? なら可能性はあるだろ」

「他人事だと思って……」


 レオンハルトの落ち込みは激しかった。

 かなりの重症である。


「わ、私はレオンの思慮深いところは長所だと思います」


 リゼットは必死でフォローする。

 後ろからディーがこっそりと「もっと言ってやれ」と言ってくる。


「頼りになりますし、素敵だと思います……!」

「…………っ」


 後ろからディーがこっそりと「もっと! もっとだ!」と煽ってくるがこれがいまのリゼットの精いっぱいである。

 心臓の音が大きくなって、息が上がって、胸がいっぱいで、これ以上何かを言えそうにない。


 その時レオンハルトが鋭く息を飲み、力強く立ち上がる。


「――大型モンスターが来る。それも大量に」


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