第36話 焼きサンドイッチ


「5000万ゴールドって、どんな犯罪犯したんだよ! 普通はそんな大事にならねーぞ!」

「そ……それは……」


 リゼットは言い淀んだ。リゼットの罪は聖女への不敬罪。聖女への侮辱は大罪だ。

 ――リゼットには心当たりがないが、聖女の言葉は絶対だ。聖女が侮辱されたと言うのならそうなる。証拠がなくても。


 そして聖女への侮辱は、女神を侮辱したことに等しい。


 罪の内容を知ったら、ふたりはどんな反応をするだろうか。

 ふたりがもし熱心な女神教徒だったら、リゼットの話を聞いてどんな反応をするだろうか、と。

 そう考えると怖くなって、何も言えなくなって口ごもる。

 リゼットは自分の手が震えていることに気づき、強く握りしめた。


「ディー、リゼットにだって話したくないことはあるだろう」


 レオンハルトがディーを落ち着かせ、沈黙が訪れる。

 静けさの中に、心臓がどくどくと脈を打つ音が響く。きっとふたりにも聞こえているだろう。

 リゼットは強く目をつぶって、立ち上がった。


「私はパーティを抜けます」

「リゼット?」


 驚くレオンハルトから目を背ける。


「おふたりにご迷惑をかけるわけにはいきません」

「――勝手に決めないでくれ。リーダー」


 怒った声が廃屋に静かに響く。

 リゼットは驚いて思わずレオンハルトの顔を見つめた。


「え? リーダーはレオンでは?」

「君が俺を誘ったんだからリゼットがリーダーだろう?」

「ええええ! 私がリーダーだったんですか?」


 いまさらながらの衝撃の事実に、リゼットは驚愕した。いままでずっとリーダーはレオンハルトだと思っていたのに。

 だがしかし。それなら。


「――では、ここでパーティを解散します」

「断る」

「オレも反対」

「え? 多数決なんですか……?」


 ふたりに反対されリゼットは愕然とした。

 解散権もないのならリーダーとは何なのだろう。


「そもそもダンジョン内でパーティ解散はありえない」

「……そ、そうですよね……ごめんなさい」


 冷静に諭され、リゼットはそのまま座った。

 ――確かにダンジョン内でパーティ解散はありえない。メンバー解雇と同じくらいありえない。レオンハルトもディーもそれで窮地に陥っていたというのに、自分が同じことをしてしまったことにショックを受ける。


(どうすればいいの……)


 一人になればなんとかなるかもしれないと、楽観的に思っていた。ダンジョン内でモンスターを食べて、結界内で休んで、賞金稼ぎから身を隠して。

 そう。第一層でしていたように。


 それになんとかして上の第四層に戻れば、この階層よりもずっと生活しやすい。カナトコのように生きられるかもしれない、と。


 だがその考えは反対される。

 ならばいっそ強行突破で逃げ出してしまおうか。

 あまりに義のない行いだけれども。


(でももし追いかけられたら、私ではレオンとディーから逃げられないかも)


 身体能力の差は大きい。

 レオンハルトは身体能力が高く、勘がいい。

 ディーは動きが速い。


「リゼット、変なことを考えていないか」

「い、いえ、何も」

「だったらいい。食事にしないか」


 ディーが「賛成」と片手を挙げる。


「い、いまですか?」

「考え事は食事をしながらするのが一番だ」





 手分けして肉を焼き、野菜を切り、卵を混ぜて。

 パンを軽く焼いてから、ウサギ肉を焼いたものとまだ新鮮な葉物野菜、それと卵焼きを挟んで、カナトコに教えてもらったソースを塗る。

 ウサギ肉のサンドイッチ。


 落ち込んだ気持ちの時でも、料理をしながら火の熱に触れると冷えた身体が少し温まるから不思議だ。


「いただきます」


 柔らかくしたウサギ肉と、野菜と卵焼きがほのかな甘みのあるパンに包まれてひとつになる。

 ソースは少し辛いが卵焼きと混ざることでまろやかさもあった。


(おいしい……)


 どんなときでもおいしいものはおいしくて、食べると少しずつ力が湧いてくるのだから不思議だ。

 身体が生きようとするからかもしれない。


「なあ、食べながら聞いてくれよ」


 三分の一ほど食べたところでディーが言う。

 リゼットもレオンハルトも、食べながらディーに視線を向けた。


「オレはスラム育ちだ」


 突然の身の上話に、サンドイッチが一瞬喉に詰まりそうになる。

 なんとか飲み込みディーの顔を見つめると、ディーは少し困ったような、だがどこか吹っ切れているような表情で続けた。


「親が誰かも知らねえ。ガキの頃からスリと盗みで生きてきた。捕まってこのダンジョンに放り込まれて、その時の経験がここなら活かせたんだから皮肉なもんだよな」


 ディーは大きく口を開けてサンドイッチを食べる。


「うまいなこれ。無事ここから出られたら、まっとうに鍵師にでもなって、毎日こんなうまいもん食うかな――なんてな」


 笑う。

 屈託のない笑顔は、まるで太陽のようだった。


「レオン、お前は何だってダンジョンにいるんだ。これからどうするつもりなんだ?」

「俺は……」


 話を振られたレオンハルトは食事の手を止めた。

 少しの間何かを考え込んだあと、決意を固めたように顔を上げる。


「――俺はここから遠く離れた国の王族だ」


 ディーは激しく咳き込む。

 リゼットはある程度は予想していたとはいえ、まさか身分を明かすとは思っていなかった。

 レオンハルトは続ける。


「成人の儀のためにドラゴンを倒しにここに来た。だが国から連れてきた仲間に裏切られて、ダンジョン内で死にかけたところをリゼットに助けられた」


 レオンハルトと目が合う。エメラルドの瞳と。


「もう国に戻るつもりはないが、先のことはまだ決めていない」


 その表情はどこか晴れ晴れとしていて、未練や後悔は見えない。

 レオンハルトは前を向いている。過去にとらわれず、前を。





「なんってこと聞かせるんだよぉ……育ちが良いいいとは思ってたけどよぉ……」 


 頭を抱えて小さくなっているディーが恨みがましげに呻く。


「自分で聞いておいて……」

「はぁ……まあいーや。王族だのは聞かなかったことにしてやるよ」


 顔を上げて残りのサンドイッチを食べ、飲み込む。


「――とまあダンジョンに潜るやつなんて全員ワケアリだ。お前にどんな事情があったところで、いまさら引きはしねぇさ」

「…………」


 ――ディーは、リゼットがダンジョンに来た理由を話しやすいように、自分のことを話してくれた。レオンハルトも。

 自分の過去をさらけ出すのは勇気のいることだ。

 その勇気を示してくれた。


 リゼットは、その気持ちに答えたいと思った。

 もしかしたら嫌悪されるかもしれない。軽蔑されるかもしれない。失望されるかもしれない。それでも構わない。

 もしふたりが敵になることになっても。


(その時は、全力で逃げましょう)


 食事をすると少し前向きな気持ちになれる。だからレオンハルトは食事を提案してくれたのだろうか。

 ふたりの優しさが嬉しかった。

 その思いに応えたい。


 最後のパンを飲み込んで、一息ついてから。

 リゼットはゆっくりと口を開いた。


「――私は元々この国の貴族で、私の身体にはかつて聖女の証である聖痕がありました」




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