第35話 第五層の賞金首


 深く長く暗い階段を降りて、第五層へ向かう。

 本当に次の階層はあるのだろうかと疑いを持ってしまうほど長く続く階段だった。

 出口の光が見えたときには、自然と安堵の息が零れる。


「街……」


 第五層――そこは滅びた街だった。

 住人のいない、砂だけが踊る城下街。遠くにある高くそびえる城の姿が、砂塵によって霞んでいた。

 黄土色のレンガと赤い屋根で統一された街並みには、かつての栄華の名残りがある。


 だが、破壊されている場所も多い。

 破壊の痕跡は古いものも新しいものもある。新しいものは冒険者とモンスターとの戦闘で壊れたものだろうか。


 見上げた空も黄みがかった土の色。

 モンスターの影も他の生物の姿もいまのところは見えない。

 ただ、直近で人が行き交ったような雰囲気が残っている。


「この階層は中型モンスターが多い。慎重に行こう」


 建物の間の太い道を警戒して進みながら、ディーが地図を描いていく。


「んー……ちょっと上から見たいな。あそこに登ろうぜ」


 ディーが指差したのは近隣で一番高い建物だった。家の上に見晴らしの良さそうな塔が伸びている。


 建物の中に入って、階段を登っていく。

 中は傷みは少なく、すぐには崩壊しそうになかった。あちこちに朽ちた家具や布などもあり、人が住んでいた名残があった。

 もしかしたら本当に人が生活していたのだろうか。ダンジョンの中で。


 だとしたらそれは帰る手段を失ってしまった冒険者か、日の当たるところに出られない犯罪者か。


「なんかゾッとしねぇな。いまにもそこらからモンスターや幽霊が出てきそうだ」


 しかし期待に反してモンスターは出ない。塔の屋上にまでトラブルなく到着する。

 四角い屋上からは辺りの地形がよく見えた。

 ディーは早速地図を描き進めていく。


「何でしょうあれは」


 モンスターを警戒していたリゼットは、遠くにぞろぞろと動く群れの姿を見つけた。

 モンスターではない。人型のモンスターかもしれないが、見える限りでは普通の冒険者だ。

 ただ人数が多い。


「随分と大がかりなパーティだな。パーティは6人までと決まっているんだが……」

「見えるだけで18人もいるぜ。モンスターが出ないのはあいつらが倒してるからか?」

「ありえるな。モンスターは人数の多い方に集まるから」


 大人数も良し悪しのようだ。

 人数が多ければそれだけ安定した探索ができそうだが、だからこその人数制限なのだろうか。


「ギルドで組まれた調査隊か何かでしょうか」

「それか、ダンジョン内で利害が一致して共に行動しているのか……」


 レオンハルトは顔をしかめる。


「嫌な感じがする。関わらないでおこう」


 そう言って、彼らに見つからない内に屋上から立ち去ろうとしたレオンハルトが、はっと息を飲んだ。


「――リゼット!」


 腕をぐいっと引かれて後ろによろけた瞬間、リゼットのいた場所に投げナイフのような刃物が突き刺さる。

 凍るような悪寒を感じて顔を上げると、向かいの屋根の上にいる黒い影――黒装束の小柄なリリパット族と目が合う。


「いたぞ! 賞金1000万ゴールドの女だ!」


 はっきりとリゼットを見てそう叫ぶ。


「ええっ?」


 次の瞬間、下から複数の魔法が飛んでくる。炎の矢に氷の矢、そして雷撃。


【聖盾】


 レオンハルトの魔力防壁がそれらの魔法を防ぐ。

 一気に距離を詰めてきたリリパットを盾で押し返し、落下させる。


「逃げるぞ! こっちだ!」





 ディーの先導に従ってその場を逃げ出す。下の階の窓から飛び降り屋根を走り別の家に入り、外に出て細い路地を縫うように移動し民家へ。


 退路も確保できる部屋に入り、リゼットはすぐさま結界を張る。

 これで仲間以外は出入りすることはできず、内部の音も断つことができる。外の音は通るようにしておいた。

 モンスターから身を護るための結界が、こんなふうに役に立つときがくるなんて。


「ひとまず振り切ったか……身を隠せる場所が多くてよかった」


 レオンハルトが一息つく。

 ひとまず安全を確保でき、リゼットも大きく息をして上がった息を整える。


「賞金をかけられるなんて初めての経験です……」

「普通はねーから」

「額が少ない気はします」

「自信過剰かッ?! どんな金銭感覚だ」


 ディーは呆れながら出入口の階段に座った。

 リゼットも壁の段差に座る。

 レオンハルトは立ったまま、壁の向こう側や部屋の中を警戒して見ていた。


「これからどーすんだよ。たぶんギルド公認の特別賞金首になってるか、大金持ちに賞金懸けられてんぞ」


 あの人数がリゼットの首を狙っている。

 相手はモンスターではなく人間。魔法も飛び道具も使う。互いに協力してこちらを追い詰めてくるだろう。罠をかけてくるかもしれない。


「なんかとんでもねえルール違反したのか? ダンジョン領域で殺人とか暴行とか」

「いえ……」

「1000万ゴールドの賞金首なんてなかなかいねーぞ……本当に心当たりないのか?」

「心当たり……」


 リゼットはもう一度考えてみたが、やはり身に覚えはない。


「嫌がるやつにモンスター食わせたとか」

「いえ。それはありません。皆さん喜んで食べてくださいました。ですよね、レオン」

「えっ、あ、ああ……俺の知る限りでは、一応」


 レオンハルトは戸惑いながらも肯定する。


「私がモンスター料理を初めて振舞ったのはレオンです。それ以降はずっとレオンと一緒にいましたし」


 二度目にダンジョンに入ってからは、リゼットはずっとダンジョン生活を送ってきた。

 平穏な第一層でのんびりと生活して、外に戻る前に第二層の様子を見に行き、そこでレオンハルトと出会い、ドラゴン討伐という目標を共有してここまで降りてきた。


「そうだったのか……それなら、自信を持って言える。リゼットは嫌がる相手に無理やり食べさせたことはないし、誰かを傷つけたこともない」

「…………」


 ディーは何とも言えない顔をしていた。

 リゼットは口元に手を当てて考える。自分に賞金を懸けそうな相手を。


「もしかすると……教会に納めるべき聖貨を一向に納めないから、教会から反抗の意志ありとみなされたのかもしれません」

「なんで納めてねぇんだよ」

「ノルンに来てからほとんどずっとダンジョンに潜っていたので……そもそもいつまでにいくら納めるのかも言われていませんでしたし」


 ノルンに来て最初の神官が説明する段取りだったかもしれないが、リゼットは話をほとんど聞かずにダンジョンに直行した。そのため真実はわからない。

 レオンハルトは神妙な顔で考え込む。


「……故意じゃないなら出頭していくらか払えば収まる気もするが、納めるのが遅れているだけで賞金をかけるのも変な話だ」


 ディーが大きく頷く。


「オレも聞いたことねぇよ。罪人はダンジョン領域に放り込まれた時点で死刑宣告のようなもんだしな。罰金ったって教会も真剣に回収する気ないだろ。大赤字だ」


 それならば、リゼットの推測は外れている可能性が高い。

 では誰がどんな目的でリゼットに賞金を懸けたのだろうか。


(……もしかしてメルディアナが?)


 妹が。

 リゼットから聖痕を奪って聖女になったメルディアナが、また何かをリゼットから奪おうとしているのだろうか。

 それくらいしか心当たりがない。


(でもまさかそこまで)


 リゼットをダンジョン送りにしてメルディアナは満足そうにしていた。その上で更に賞金を懸けて殺そうとしてくるとは考えにくい。


「なあ、いったい罰金っていくらなんだ?」

「5000万ゴールドです」

「5000万ゴールドぉ!? なんだそれ!」


 座っていたディーが腰を浮かせる。

 レオンハルトも驚いた顔をしていて、その姿を見てリゼットはその金額の異様さを初めて知った。


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