第34話 ドワーフと鍛冶仕事


「よくやってくれた。これで安心して野菜を育てられるというもの。しかし、犠牲は大きかったのう……」


 カナトコは哀愁を漂わせながら戦闘で荒れた畑を眺め、レオンハルトの剣を両手で持つ。

 剣はボロボロどころか熱で溶けてドロドロだ。キマイラの炎で溶けた後、リゼットの魔法で凍ったため元の形も強度も維持していない。


「なあ、約束通り剣は修理してくれよ?」

「無茶言うでない。これはもう鋳なおすしかないわい」


 すげなく断られディーは口を尖らせる。


「おい、レオンも何か言ってやれよ。一番身体張ってたじゃねぇか。このままじゃタダ働きだぞ」

「いやもう無理だろうこれは。無茶を言うつもりは――」

「何が無理か! まったく最近の若者は……」


 レオンハルトの一言が逆鱗に触れたらしい。

 カナトコは怒りながら剣をさする。


「……ちなみにお主らはどこまで行くつもりじゃ」

「もちろんドラゴン討伐です!」


 リゼットは意気揚々と答えた。ドラゴン討伐とドラゴンステーキいう最初の目標はいまも変わっていない。


「第六層のドラゴンか……」


 カナトコはわずかにうつむき、何かを考え込む。


「うむ。お主らがここに来たということは、それが女神の思し召しなのだろう」


 ぽつりと呟き、顔を上げる。静かな決意に満ちた表情で。


「――よし。新しく剣を打ってやろう! ドラゴンを倒すための剣を。ただしお主らにも手伝ってもらうぞ」





「ドワーフの鍛冶仕事を間近で見ることができるなんて光栄です! 私は何をすればいいですか?」


 呼ばれて鍛冶場に来たリゼットは、興奮気味にカナトコに聞く。


「うむ、魔法で火の調整を頼みたい。火の温度は非常に重要だからな」


 鍛冶炉の火力調整。

 カナトコは炉の中で煌々と燃える炭の炎の色を見ながらリゼットに火力の指示を出し、リゼットは言われた通りに火を強めたり弱めたりする。


「なんと繊細な火力調整よ……」

「ありがとうございます」


 褒められてリゼットは嬉しくなる。


「どうだヒューマンの娘。わしと一緒に鍛冶をせんか」

「えっ……」


 鍛冶仕事を行いながらダンジョンの中で自給自足生活。

 野菜を育て、モンスターを飼い、狩り、ダンジョンと共に生きる――それはリゼットにとって理想的な生き方のひとつに思えた。


「それは、魅力的なお話ですけれど……」

「リゼット……」

「なに口説いてんだよオイ」

「きゃあ! お二人とも、いらっしゃったんですか!」


 いつの間にか鍛冶場に来ていたレオンハルトとディーがリゼットを見ていた。


「わ、私はもちろん冒険を続けるつもりです。ええもちろん」


 リゼットは頬を真っ赤にして顔を隠す。何故だかとても恥ずかしかった。


「ちょうど良いところに来た。弟がいない分、お主たちにも手伝ってもらうぞ」





 炉で熱した金属をハンマーで打ち、不純物を飛ばして鍛え上げていく。

 三人がハンマーを打ち下ろすたびに高い音と火花が散り、少しずつ引き伸ばされて剣の形になっていく。


 金属の温度が下がってくるとまた炉に戻して熱して、またハンマーで打つ。その繰り返し。


「うむ。なかなか筋がいい」

「そりゃどーも! もうオレ無理。レオン任せた」


 ディーが息を上げながら離脱する。全身汗だくだった。


「ああ、ありがとうディー。後は任せてくれ」


 そしてしばらくレオンハルトとカナトコで金属を鍛えていく。

 ハンマーを打ち下ろすたびに、高い音が響き、赤い炎がはぜる。

 美しい光景だった。リゼットは炎の調整をしながらそれをずっと見ていた。


「ふむ、このあたりでよいか。そろそろ休憩するか。ローストキマイラが出来上がるころだ」

「まあ、あのキマイラが食べられるのですか?」

「あれを食べるのか……」


 リゼットは興奮したがレオンハルトの表情は晴れない。


「わしも食べるのは初めてだ。年甲斐もなく胸が躍るのう」





 倒したキマイラが食卓に上がる。

 モンスターを食べる。それは勝者の特権だ。


 まず出てきたのは獅子の部位を使ったローストキマイラだった。じっくりと湯煎された後にフライパンで焼き目をつけて、薄く切ったものがきれいに並んでいる。

 色はバラ色で見た目にも美しい。


「まずい」


 ディーが素直すぎる感想を言う。


「肉が固すぎる……獣臭が……」


 レオンハルトも眉根を寄せてそう言う。

 リゼットも口には出さないが同意見だった。喋らないのはいくら嚙んでも飲み込むことができないからだ。


「うむ。キマイラの獅子肉はまずい。これもまた新たな知見か」


 ローストキマイラを何とか食べ切ったころに、カナトコが次の料理を持ってくる。

 皿に乗って出てきたのは真っ黒に焼かれている山羊の頭だった。

 カナトコが早速ナイフとフォークで切り分けていく。


「キマイラ山羊の頭の丸焼きじゃ。脳は取っておる。ほれ、ホホ肉とタンじゃ」

「これはうまい!」


 レオンハルトが絶賛する。


「柔らかくておいしいです」

「脂が乗っててうまいなこれ。四人で分けると少しずつなのが残念だな」


 あっという間に食べ終わると次の料理がやってくる。


「お次は山羊の脳の鍋だ」


 大きな鍋にたくさんの野菜とヤギの脳が浮いていて、それらが赤いスープで煮込まれている。


「これもおいしい! クリーミーで、甘辛いスープとよく合います」

「味も見た目も白子みたいだな」

「酒くれ酒」





 カナトコの剣づくりを総出で手伝って、五日後。


「ついに……ついに完成じゃ! わしの最高傑作が!」


 鉱石から打たれ、数日かけて研ぎあげられた長剣がついに完成し、鍛冶場は拍手で満たされる。

 カナトコから長剣を受け取ったレオンハルトは、完成した新たな剣を見て目を輝かせた。


「この深い輝き……もしかして、アダマント合金か」

「そのとおり!」


 アダマント合金とは、非常に高い硬度を持った伝説級の金属アダマントと、複数の金属を融合させて性能を向上させた合金だ。


「本当にいいのか?」

「無論じゃ。久しぶりに満足のいく仕事ができた」

「ありがとう……ふたりも、本当にありがとう」


 剣を受け取って早速出発することになる。

 滞在中に保存食をたくさん作ったので、荷物の中は食料でいっぱいだ。あとは道中で遭うモンスターを料理して進めば当分の間は食事に困ることはないだろう。


 出発の直前、リゼットはカナトコから声をかけられた。


「これはサービスじゃ。死ぬでないぞ」


 そう言って渡されたのは死亡時にダンジョンから脱出できるアイテム『身代わりの心臓』だった。


「ありがとうございます」


 ハート型のアミュレットを握りしめる。

 ――これでリゼットの持つものと合わせてふたつとなる。


「それでは宿代9000ゴールド。二日目からは色々と手伝ってもらったから、サービスじゃ」

「はい、お世話になりました。それから……お聞きしたいんですが、どうしてカナトコさんはこちらで宿を営んでいらっしゃるのですか」


 宿代を払いながら、ずっと気になっていたことを聞く。

 カナトコはふっとやさしい笑みを浮かべる。


「ここは静かで良いところだからな……それに時折お主らのようなおもしろい冒険者に会えるのが楽しみなのだ」

「まあ……」

「だがこの生活もそろそろ……いや、なんでもない。それでは、死ぬでないぞ」


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