第29話 爆発ウサギ狩り


 食事のあとは結界内で休憩をし、いよいよ爆発ウサギ狩りに向かう。森で取った小さな蛇を袋に入れて。

 丘に向けて歩いていると、空の色が変わり始めていた。青空が少しずつ色を失い、赤く染まり始めている。


「夕焼け……? この階層には夜が来るのですね」


 第一層では朝も夜もなかった。

 第二層、第三層では空は見えなかった。

 この第四層で始めてダンジョンの夜を迎えようとしている。この階層の空は地上と同じだ。ただ太陽だけがない。


「急いだ方がよさそうだ」


 ――夜になる前に。

 先行しているレオンハルトが進む速度を上げる。ウサギを見かけた丘が近づいてくる。

 ウサギは耳がよく警戒心が強い。そして逃げるときは上に逃げる。


 手分けして上と下に布陣するのが理想的だが、相手は爆発するモンスター。二手に分かれるのは危険だ。

気をつけながら斜面に掘られた巣穴を探す。穴から出てきたところを捕まえるために。


 穴はすぐに見つかった。

 丘の斜面にぽっかりと空いた黒い穴。


 中の気配をレオンハルトが確認し、蛇を巣穴に投げ入れる。

 リゼットは魔法の準備を整えて、出てくるのを待つ。


 次の瞬間、巣穴から灰色のウサギ――爆発ウサギが逃げるように飛び出してくる。

 爆発ウサギはこちらの姿に驚いたように穴に戻ろうとしたが、巣穴の蛇を思い出したのか硬直する。


「フリーズアロー!」


 氷の矢が爆発ウサギを捉えた――はずだった。

 ひょいっと爆発ウサギが動き、氷の矢をあっさりと避ける。魔法の矢には追尾機能があるが、地面に刺さってしまえばそれも働かない。矢が刺さった周囲だけが一瞬凍って氷が弾ける。

 その間に爆発ウサギは丘の上に向けて逃げ出す。人間ではとても追いつけないスピードで。


「なに外してんだ!――くそっ、期待すんなよ!」


 ディーの投げナイフは逃げる爆発ウサギの背中を的確に捉えた。


 ドォォォォン!


 爆発四散。

 飛んでくる熱と土とその他もろもろをレオンハルトの【聖盾】が防ぐ。

 煤の匂いと煙が薄まったころ、残っていたのは地面の黒い円だけだった。


「やっちまった……」

「やっぱり難しいな。料理中に爆発する危険性もあるし、諦めないか」


 煙幕が晴れていく中、リゼットたちは気づいた。いつの間にか爆発ウサギたちに取り囲まれていることに。


「逃げねーのかよ!」


 その数は十五匹。完全に包囲されていて、逃げだせるような隙はない。つぶらな瞳がじっとこちらを見ている。

 感情の色は見えなくても、仲間をやられて憤っているようにも見える。

 もしかしなくても命を狩られそうになっているのはリゼットたちの方だった。


「あの勢いで爆発されるとヤバイぞ」


 レオンハルトが盾を構える。【聖盾】は強力なスキルだが、これだけの数が次々に爆発したときその盾が耐えられるかはわからない。

 リゼットはユニコーンの角杖を強く握る。


(これだけ固まっているのならむしろやりやすいというもの)


 食材と言っている場合ではない。

 二人を守るために戦う。溜まっていたスキルポイントを魔法強化に注ぎ込み、水魔法を中級から上級にランクアップさせる。


「――レオン、【聖盾】を」


【水魔法(上級)】【魔力操作】


「フリーズストーム!」


 冷気を伴う風が吹く。

 すべてを凍結させる白い嵐が、杖を中心にして吹き荒ぶ。

 爆発ウサギたちが一瞬で凍りつき、風に煽られて倒れる。魔法が終わった時、辺りは一面の銀世界となっていた。地表に氷が張り付き、夕陽を受けて赤く輝いている。

 ただリゼットたちの周りだけは【聖盾】によって冷気から守られていた。


「終わりました……?」


 もう周囲に生きている爆発ウサギはいない。氷が残るだけだった。【聖盾】の魔力防壁も解除される。


「すごい……なんて魔力量だ。これなら本当に……」

「寒っ! やっべえ!」


 急速な冷気に震えながら、全身をさすって地団太を踏みながらディーが叫ぶ。まるでここだけ冬山だ。


「こいつら本当に食えるのか? 料理中に爆発したらオレらもミンチだぞ!」


 その懸念はもっともだった。

 爆発の威力が強すぎる。体内に火薬か何かが溜め込まれているのは間違いない。


「そうですね……」


 諦めようとしたその時――


「――嘆かわしい。なんという狩りの仕方だ」


 丘の上から風に乗って、悲しみと怒りがこもった嘆きの声が流れてくる。

 顔を上げると、夕焼けの空を背負ってずんぐりとした人影が立っていた。背が低く、重心が下の方にあるシルエットはまるで小さな巨人だ。


 ひりひりとした威圧感。

 レオンハルトが庇うように前に出る。


「食べられる分だけ取る。それがダンジョンに対する礼儀というものじゃろう」


 ――ドワーフ。

 黒い髭をたっぷりと蓄え、たくさんの荷を背負ったその姿には見覚えがあった。


「……カナツチさん?」


 呼びかけると、ふっと威圧感が和らぐ。


「なんじゃ、弟の知り合いか。わしはカナトコ、カナツチの兄じゃ」

「ご兄弟……」


 他人種の兄弟を見わけるのはとてつもなく困難なことなのだと、リゼットは初めて知った。

 カナトコは氷の原をすたすたと歩いて、凍てついた爆発ウサギの前でしゃがんでじっと見つめる。


「ふむ、しかしこれは……良い保存方法かもしれぬな……一気に肉を冷ますのは理にかなっておる。あとは解凍方法か……ふむ」


 なにやらぶつぶつ言いながら凍ったウサギを凝視している。いつの間にか威圧感は完全に消えていた。


「わしにも少し分けてもらえぬか。もちろん礼はしよう」


 リゼットに向けられた顔には、探求心と好奇心が輝いていた。


「あ、はい、それはもちろん」


 リゼットが承諾するとカナトコは植物の繊維で織った袋に冷凍爆発ウサギをひょいひょいと詰めていく。


「おいおっさん。さっきから黙って聞いてりゃ……こっちは死ぬところだったんだ。モンスター倒して文句言われる筋合いはねーぞ」


 カナトコは袋をもう一つ開くと、残りの冷凍爆発ウサギを同じように詰めていき、ぎゅっと口を縛ってディーに渡す。ディーは押し付けられるままに受け取った。


「爆発ウサギはさばき方にコツがある。爆発させないやり方を教えてやるからついてこい」


 ――ついていくべきか。

 ふたりに目配せすると、レオンハルトは神妙な表情で頷き、ディーは警戒心をあらわに力強く首を横に振る。


「いきましょう、ふたりとも」


 リゼットを突き動かしたのは好奇心だった。

 彼についていけばこのダンジョンのことをもっと知ることができるかもしれない。

 そんな好奇心。


「お前ら本気かよ……」

「彼は悪い感じはしない」

「そうです。それにあの方についていけば爆発ウサギの安全なさばき方も教えてもらうことができます。これを逃す手はありません!」




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