第28話 ローストコカトリスとハーピープリン
森の中に移動し、適度な太さの枝にコカトリスを吊るして血抜きをする。念のため蛇の尻尾は根元を縛って血が吹き出ないようにしてから切り落とす。
血抜きが終わるまでリゼットは結界内で見張りをして、レオンハルトとディーは付近の探索に向かった。
ひとりでコカトリスを眺めながら、リゼットは考えていた。
羽をむしるには鍋で軽く茹でて毛穴を開かせる必要がある。だがリゼットの持っているフライパンではこの大きさのコカトリスは入らない。
リゼットは考える。
穴を掘ってそこに魔法で湯を沸かすという方法はどうだろうか。しかし労力と衛生面を考えると乗り気になれない。いくら浄化魔法できれいにできるとはいえ。
頭を悩ませているうちに、レオンハルトとディーが戻ってくる。
「おかえりなさい。どうでした?」
「近くには食人植物がいるくらいだ。近くの分は駆除してきた」
「食えそうなのは変な実と卵くらいだぜ」
「まあ、素敵です。ありがとうございます」
丸々と太った緑色の実がふたつと、立派な卵がひとつ。リゼットは喜んで実を受け取った。
実の表皮は分厚く、中はずっしりと詰まっていて重い。開けるのを楽しみにしながら、地面のきれいな場所に置く。
「なんの卵だろーな。コカトリスのか?」
「コカトリスはオスだけのはずだ」
「どうやって増えてんだよ……いやどーでもいいけど」
レオンハルトがはっと息を飲む。
「そうか……! 雄鶏に見えて、実際は雌もいる可能性もあるのか……俺はトサカしか見ていなかったのかもしれない」
「真剣に考えんなよ……心底どうでもいいよ……」
ディーから卵を受け取り、リゼットは表情を輝かせた。
「この卵、見覚えがあります。ハーピーの卵ですね」
第二層でドワーフの行商人から購入し、フレンチトーストにして食べたハーピーの卵と同じものだった。おそらく森で産み捨てられたのだろう。
「カナツチさんはお元気でしょうか……」
いまでも元気に行商を続けているのだろうか。ユニコーンの蹄はうまく売れただろうか。
思い出に浸っているリゼットの横で、ディーがレオンハルトにこそこそ話しかけていた。
「ハーピーって……アレ、だよな?……アレ、食べたのか?」
「…………」
「アレの卵食うのかマジで?」
レオンハルトはあらぬ方向を見たまま答えない。
この層に来てからよく見かけるハーピーは、頭部が人間の女性に酷似している鳥型モンスターだ。
顔だけ見れば人間のようだが、それ以外は鳥でしかない。
「ハーピーは鳥モンスターですよ。卵を産むのですから。味も普通の卵ですし、安心して食べてくださいね」
「お、おう……」
そうしているうちに血抜きが終わる。
羽をむしるのに毛穴を開かせるために、リゼットは火魔法と水魔法の複合魔法を試してみることにした。
【魔力操作】【火魔法(中級)】【水魔法(中級)】
水に火魔法の熱を移し、温かい湯の水球を空中につくる。ゆっくりとコカトリスを包み込み、維持する。
「すごいな。二属性の複合魔法だなんて、しかもこの繊細な魔力調整……誰にでもできることじゃない」
「才能の無駄遣いってやつか」
「有効活用です!」
吊るしたコカトリスの毛穴が開いたところで、表面を包み込んでいた湯を分解する。コカトリスからホカホカと湯気が昇っていた。
「さあ、羽をむしっていきましょう」
三人がかりで羽をむしり、残った産毛は火魔法で焼く。腹を割って捌いて肉にしていく。念のため内臓は除去する。
手羽、むね肉、ささみ、もも肉。元が大きい分、肉にしても大きい。
肉にするのが終わると、これから料理する分以外は冷蔵保存してアイテム鞄に入れる。
むね肉に塩と香辛料を塗りこんで、
フライパンで皮をしっかり焼く。焼き目が付いたら火を弱めて、毒消し草と一緒に蒸し焼きにしていく。
肉の焼けるいいにおいが立ち込める。蓋を開けると食欲をそそる香りが一際漂った。
「できました! コカトリスの毒消し草焼きです」
いい焼き色がついている。リゼットは満足してそれぞれの皿に取り分けた。
「いただきます」
パリパリの皮を噛んでいくと、肉からじゅわっと旨味が溢れる。肉質はしっかりとしていて、味は淡白で癖がない。そのため皮の香ばしさと毒消し草の風味が引き立つ。
「これはうまいな。旨味が凝縮されているし、毒消し草が香りを高めている」
「おう、これならいくらでも食えそうだ! もうずっとこれでいいぜ! くーっ、酒が欲しいな!」
「はーっ、食った食った!」
二度おかわりしたディーの満足げな声が響く。あんなにモンスター料理を嫌がっていたディーの変わりようにリゼットは嬉しくなった。
「そうだ。先ほどの実を割ってもいいですか?」
中身が気になる。おいしい果肉が詰まっていればいいデザートになるだろう。
「俺がやるよ」
皮は非常に硬いため、まずは尖った石で穴を開けることにした。鉄杭でもあればよかったのだが、あるのは剣や包丁だけだ。下手をすれば折れる。
「この感じ、中は液体だな」
「ではここの中で」
フライパンの中で実を割る作業を続けると、厚い皮が割れて中から白い液体が溢れた。それらをすべてフライパンにそそぎ、ユニコーンの角で軽くかき混ぜる。
「なんだその棒」
「これはユニコーンの角です。液体をきれいにできるんですよ」
「ユニコーン……? お前、ますますとんでもねぇな」
リゼットはコップに液体をそそぎ、一口飲んでみる。
「このとろりとした感触と甘み……これは紛れもなくミルクです! あっ、ああっ……会いたかった……!」
「泣くほど……」
溢れる嬉し涙をぬぐい、リゼットはレオンハルトとディーのコップにも果汁をそそぐ。
「うん、牛やヤギよりさっぱりしてるな」
「青くせえ……」
レオンハルトはリゼットと同じく気に入ったようだったが、ディーの口には合わなかったらしい。植物だからか本物のミルクよりも青臭いのは仕方がない。
それでもリゼットはわくわくしていた。
ハーピーの卵、謎のミルクの実、そして大切に取ってある砂糖。
「卵とミルクと砂糖。これだけあれば――プリンがつくれます!」
フライパンに水と砂糖を入れて煮詰めてカラメルをつくり、それぞれのコップに入れる。
続いてフライパンを洗わないままミルクと砂糖を入れて、砂糖を煮溶かす。しっかりと混ぜた卵を流し入れてプリン液をつくる。
プリン液を目の粗い布で漉し、カラメルを入れたコップにプリン液を入れて、水を張ったフライパンに並べて蓋をして蒸す。最初は強火、あとは弱火、火を消してじっくりと熱を通し、蒸し上がったら水魔法で丁寧に温度を下げる。
「プリンができました!」
スプーンでカラメルを絡ませながら食べると、冷たく甘いプリンとカラメルのほろ苦さが一体となって、身体に染み渡っていく。
「ああ、しあわせ……」
「――うっま。天才か!」
「リゼットは本当にすごいな」
「ふふっ、ありがとうございます。おふたりのおかげです」
甘い幸せを噛み締めながら、リゼットは笑った。
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