第27話 第四層の風と空


 青い空と、金色の光と、風の感触。そして青々とした草原。

 第四層に降りたリゼットたちを出迎えたのは、眩しい光と風の大地だった。

 空には白い雲が浮かび、鳥が飛んでいる。


 第一層の森と雰囲気は近い。だがこちらの方がより空の違和感が少ない。

 第三層の狭く暗い迷宮とはまったく雰囲気が違う。


「素晴らしいですわ……地中にこんな世界が広がっているだなんて……」

「何でもありだなこのダンジョン」


 魅入られるリゼットとディーとは対照的に、レオンハルトは冷静だった。


「二人とも、ここはもう中層だ。モンスターも強くなっている。気を引き締めてくれ」

「はい」


 レオンハルトの言うとおりだった。いくら地下ダンジョンとは思えない光景が広がっていたとしても、ここは間違いなくダンジョンだ。

 空を飛んでいるのは鳥ではなく鳥型のモンスター。頭部が人間の女性に似た姿をしているハーピーだ。

 地上の常識はここでは一切通用しない。


「ともあれ、早めに食材を探したいところですね。もうあまり余裕がないので」

「あれなんかいいんじゃないか」


 ディーの指さす丘には、灰色の毛のウサギが耳を立ててこちらを警戒していた。


「ウサギならモンスターでも食えるだろ」

「あれは爆発ウサギだな。ダメージを与えると爆発飛散する」

「可愛い顔をしてなかなか激しいですわね」

「ミンチをかき集めるのはゴメンだぜ……」


 さすがに地面の上に散らばったものをかき集めて食べるのは難しい。できれば形を保ったものを調理したい。


「爆発ウサギは爆発音で仲間に危険を知らせると言われている。仕留めるときは離れた位置から、できれば発火器官を切り落とすのがベストだ」

「お前って涼しい顔で無茶言うよな」


 ディーは肩をすくめる。


「弓矢もないし、オレのナイフだって飛距離はそんなにないぜ」

「警戒心も強い相手だ。巣穴から出てきたところをリゼットの魔法で仕留めてもらおう」


 リゼットは大きく頷き、ユニコーンの角杖を手に取った。


「任せてください。ではウサギ狩りに参りましょう!」


 ウサギ狩りは祖母から教わったことがある。捌いて食べたこともある。

 不穏な空気を感じ取ったのかウサギが丘の上に逃げていく。


「でもどうやって巣穴から出すんだ?」

「はい! 蛇を巣穴に投げ入れるとウサギは出てきますよ」

「んじゃまず蛇を捕まえるところからか……あっちに森があるし」


 その時、近くの背丈の高い草むらの中から緑色の蛇が、動く太い縄のように這い出して来る。

 ウサギの巣穴に投げ込むのには少し大きすぎるようなきもしたが、蛇は蛇。


「おっ、ちょうどいいところに――」


 ディーも気づいて捕獲しようとした時、蛇の後ろの草むらが大きく揺れた。

 草陰からのっそりと出てきたのは、立派な鶏冠の巨大な雄鶏だった。猛禽類の鋭い両目がまっすぐにこちらを見据える。


「鶏が蛇を背負ってやってきました!」

「違う! コカトリスだ!」



【鑑定】コカトリス。雄鶏と毒蛇が混じり合った存在。身体は雄鶏、尾は毒蛇。強力な毒を持つ。



 コカトリスが飛ぶ。鉤状の鋭い蹴爪が、近づいていたディーの首を狙う。


「――ファイア、ボウル!」


 コカトリスの雄鶏部分の頭に、魔力で生み出した小さな火球をぶつけ、相手を怯ませ視界を奪う。


 コカトリスの空中での姿勢がぐらついた刹那、レオンハルトがディーを突き飛ばして位置を変え、剣で雄鶏の首を斬り落とす。


 そして返す剣で、蛇の頭を飛ばした。


 二つの頭を失い倒れるコカトリスが地面に落ちると同時に、レオンハルトは剣を手放す。


「リゼット、剣を浄化してくれないか。コカトリスの毒が剣に染み込んでいる」

「はい!」


 剣に付着した黒い血が、灰色の煙を上げながら剣全体を包み込もうとしている。

 リゼットが浄化魔法を唱えるとすぐにそれも消えた。

 レオンハルトは浄化された剣を拾い鞘に納めると、転んだままのディーを見た。


「あっぶねぇ……死ぬかと思ったぜ……」

「突き飛ばしてすまなかった。怪我は?」

「ねぇよ、サンキュー。あれで頭蹴られるよりよっぽどマシだ」


 レオンハルトが差し伸べた手を握り、ディーが起き上がる。


「せっかくですから今日はコカトリスをいただきましょうか」

「毒があるんじゃねーのかよ」

「毒は蛇部分だけにある。雄鶏の部分には毒はないし大丈夫だろう」

「ええ。浄化魔法も毒消し草もありますし」


 ちょうど足元で自生していた毒消し草を摘む。爽やかな香りが漂った。鮮度も抜群で品質もいい。いくつか詰んでコカトリスの香草焼きにしようとリゼットは考えた。


「――――?」


 ふと視線を感じて顔を上げると、空を飛んでいるハーピーがこちらの様子を窺っていることに気づいた。

 三羽のハーピーが遥か上空からリゼットたちを見ている。高い声で鳴き交わしているのは何かを相談しているのだろうか。


「不気味なやつらだな」

「だが、襲ってはこなさそうだ。警戒しているだけだろう」


 レオンハルトがコカトリスの足首を持ち、歩き始める。一番近くの森の方角に向かって。


「場所を変えよう。ハーピーは食事中に邪魔をしてくる」

「邪魔とは?」


 レオンハルトはしばしの沈黙の後、重い口を開いた。


「……お……」

「お?」

「汚物を、空から撒き散らしてくる……」

「げえ」

「そうやって食べ物を奪っていくんだ、あいつらは」


 嫌な光景を思い出しているのか、げっそりとしていた。


「鳥ですものね。それでは、結界を厚めに張りますね」



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