第30話 ドワーフの宿へようこそ


 丘を越えて反対側へと歩いていく。ドワーフのカナトコの後ろをついて。


 丘の下には家があった。木造の立派な家が立っており、周囲にはしっかりと手入れをされた畑も広がっている。納屋も二つある。


「わしの家じゃ」

「ダンジョンに住んでいるのですか?」

「うむ。宿もやっとるぞ。泊まっていくか? 食事付きで一人3000ゴールドじゃ」

「お願いします!」


 身を乗り出して力強く頷くと、後ろから腕をぐいっと引っ張られる。


「おいそこのイノシシ。勝手に決めるな」

「だって気になるじゃないですか!」


 リゼットは声を抑えて叫ぶ。


「ドワーフの方がここでどのような暮らしをしているのか、どのような食事が出てくるのか、気になって気になって」


 ダンジョンの第一層でしばらく暮らしたことのあるリゼットだが、あのときはサバイバル生活だった。ダンジョン内で家を建てて畑を耕して暮らしているカナトコの存在は衝撃的だった。その生活を知りたくて仕方がない。


「あーはいはい。レオンはどう思う」

「……まあ、悪い感じはしないし、いいんじゃないか」

「くそ、甘いヤツ」


 リゼットにもカナトコは悪いドワーフには見えない。ダンジョン行商人カナツチと同じく、気のいいドワーフにしか見えない。


「このエリアにヒューマンが来るのはいつぶりか……腕が鳴るわい」


 カナトコの呟きにディーが震えあがる。


「オレたちを料理してやるってことなんじゃねえのか?」

「そんなマウンテンオーガ伝説みたいな」


 レオンハルトが苦笑する。


「考えすぎですよディー。おいしいモンスターがここにはたくさんいるんですから、わざわざ人間を食べませんよ」


 先を歩いているカナトコが振り返る。


「自慢の風呂と酒もあるぞ」

「酒?! 酒があるのか! おい、早く行こうぜ!」





 丸太で建てられた二階建ての家は、年季が入っているものの傷んでいる気配はなかった。しっかりと手入れされている。

 家の隣の畑には植物が青々と茂り、小屋からは鳥の鳴き声が聞こえてくる。井戸も掘られていた。


「カナトコさんは、どうしてダンジョンの中で生活を?」

「ドワーフは土の中が性に合っとるでな。それにこの中では何でも自給自足できる。弟が時折外に出て外のものを持ってきてくれる」


 ほぼ自給自足のダンジョン生活。それでここまで快適な生活環境を整えていることを、リゼットは心の底から羨ましく思う。そしてカナトコに尊敬の念を抱いた。


「モンスターが襲ってきたりはしないのか?」


 レオンハルトの問いをカナトコは肯定する。


「うむ。ほとんどのモンスターはここには近寄らん。たまにいたずらをしてくるやつはいるが、危害を加えられることはない」

「まぁ……」


 それはこの家がダンジョンで聖域化しているということだろう。もしくは完全に一体化しているのか。


 カナトコは正面入口ではなく勝手口から家の中に入る。そこは広いキッチンだった。使い込まれた作業台の上にウサギの入った袋を丁寧に置く。


「さて、まずは爆発ウサギを捌くとしたいが」


 爆発ウサギはまだ氷のようにカチコチだ。このままでは包丁は入らない。


「あ、解凍します」


 ゆっくりと冷気を抜いていく。凍結していた身体が冷たいまま柔らかくなる。


「うむ。爆発ウサギは喉に発火器官があり、胃の近くに爆発の元を溜め込む場所がある。身体が傷ついたときは特殊な発声で着火し、自ら身体を爆発させて仲間に危険を知らせるのだろう」


 カナトコはよく研がれた分厚い包丁を手に取った。


「ゆえに、倒すときは一撃で首を潰さねばならぬ」


 ダンっと包丁が下ろされる。


「……この状態で血抜きをする。その後は内臓を丸ごと取れば、あとは普通のウサギと同じじゃ」


 見事な包丁さばきをリゼットはしっかりと目に焼き付ける。


「さて、すぐに食べたいところじゃがウサギ肉は熟成が肝要。今日は前にわしが獲ったウサギを振舞おう」

「お手伝いさせてもらってもいいですか?」

「いやいや、客人にそんなことをさせるわけにはいかん。部屋に案内するから休んできなさい」





「驚いたな……彼は完璧にダンジョンで生活している」


 客室のベッドに座り、レオンハルトは感心していた。

 リゼットも自分のベッドの下で荷物を整理しながら同意する。


「素晴らしいことだと思います」

「オレはゾッとするね。この層は確かに地上みたいな感じだけど、言っても地面の下だろ? 土の中だろ? モンスターも出るし住みたくはねぇよ」


 ベッドに寝転んで天井を見上げながら言うディーの意見が一般的な意見だろう。

 それでもダンジョンの中にあるこの宿は、砂漠のオアシスのように、雪山の山小屋のように、冒険者を癒すだろう。ここで宿を営んでいるカナトコを、リゼットは尊敬せずにはいられない。もはや心の師匠である。


「――で、なんで同じ部屋に集合してんだ」

「……四人部屋だからでしょう?」


 ディーの疑問にリゼットは首を傾げる。

 客室は四人部屋が一つと二人部屋が二つあり、どこを使ってもいいと言われたが、リゼットたちは四人部屋に集まっていた。


 いい部屋だった。

 部屋も床と壁、天井まで木材そのままで、優しい雰囲気だった。ベッドも立派で清潔だ。


「この中は安全なようだが、離れるのはよくないだろう。固まって行動するべきだ」

「……いや、オレ邪魔なら出ていくけど」

「――ディー! お、俺とリゼットはそういうのじゃない!」


 レオンハルトは顔を赤くして焦っている。


「邪魔だなんて思うわけがありません。私こそ、ご迷惑をかけると思いますが、おふたりといっしょにいさせてください」

「あー……はいはい。なるほど了解」


 何を納得したのか、ディーはしたり顔だ。

 男性の暗号めいたやりとりは、リゼットにはよくわからない。なので気にしない。


「それでは私は、料理ができるまでにお風呂に行ってきますね」

「待ってくれ。離れて行動するのはよくない」


 レオンハルトに呼び止められ、リゼットはさすがに戸惑った。頬が熱くなる。


「えっ、でも……いっしょに入るのは少し……」

「ちちち違う! そういうつもりじゃなく――」

「ムッツリかと思ったら大胆かよ」

「違う!!」




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