第25話 ディー


 扉を開いた先は、まるで城の大広間のような、広く高い空間だった。

 気味の悪いほどに静まり返っていて、生き物の気配はない。ボス級のモンスターか大掛かりな仕掛けでもありそうな場所なのに、あるのは巨大な石像がひとつ。

 人間の顔と獅子のような身体、そして力強い翼を持つ石像が鎮座しているだけだった。


 罠や不意打ちを警戒するも、何も動きがない。

 奥に続くような通路もない。ただの行き止まりなのか、それともどこかに道が隠されているのか。


 ――刹那、石像の目が金色に輝く。


「いま、動きました?」

「これは――スフィンクスだ」



【鑑定】ストーンゴーレム。石でできた魔術生命体。



(――ストーンゴーレムですけど?)


 それこそ、これまでの通路でたくさん出会ったストーンゴーレムと同類だ。大きさと迫力以外は。

 スフィンクスというモンスターを模したストーンゴーレムということだろうか。

 ともあれストーンゴーレムなら倒し方は知っている。関節に氷をつくり、膨らませて割る――


『朝はウジ虫、昼は岩、夜は炎。これは何か』


 重厚な声が、広間に反響する。


「……え?」

『朝はウジ虫、昼は岩、夜は炎。これは何か』


 意味がわからず聞き返すと丁寧に繰り返してくれる。だがやはり言っている意味はわからない。


「謎掛けだ。解ければ戦闘なしで通してくれる。間違ったり答えられなければ、こちらを食い殺しに来るはずだ」


(――ストーンゴーレムが?)


 ストーンゴーレムが人間を食べるとは?

 リゼットは疑問で頭がいっぱいになる。食べることができるということは、つまりストーンゴーレムも生きているということだ。内臓があるということだ。

 つまりストーンゴーレムも食べられるということで、一気にリゼットの期待が高まる。


(石に見えて実はミミックと同じ外骨格? 味は? いけないいけない。集中集中)


「そこまで知ってるならナゾナゾの答えも知ってるだろ」


 ディーに言われ、レオンハルトは困惑の表情をした。


「……いやそれが、俺の知っているスフィンクスの謎掛けと違うんだ……」

「レオンの知っているパターンはなんですか?」

「朝は四本足、昼は二本足、夜は三本足、これは何か。――答えは人間」

「はあっ?」


 納得できないディーに向けて、レオンハルトは話を続けた。


「人間は赤ん坊の時には四本足で這い回り、成長すると二本足で歩く。歳を取ると杖をつくから三本足になる」

「あー、なるほどな……で、今回のは朝はウジ虫、昼は岩で、夜は炎……なんだよこれ? 意味わからん」


 ディーは頭を掻きむしる。

 レオンハルトも難しい顔をしたまま考え込んでいる。

 リゼットも共に考え、そしてひとつの結論に到達した。キリッと表情を引き締め、顔を上げる。


「よくわかりました。この問題は本来の問いに引っ掛けているはずです」

「リゼット、何かわかったのか?」

「はい。スフィンクスの謎掛けを知っていることが前提ならば、答えは人型の種族に間違いないでしょう。つまり――」


 人族はヒューマン、エルフ、ドワーフ、ノーム、リリパット、オーガ等々、様々な種族がいる。

 リゼットはスフィンクスの頭を見上げる。


「答えはドワーフ!」

『その心は』

「ドワーフの誕生は、巨人に集るウジ虫が女神によって姿を変えられたことからだと言われています。生まれたころのドワーフは地下や穴に籠もって生活し、やがて火と鉄を自在に操る鍛冶師として名を馳せました」


 スフィンクスを見つめ、びしっと指を差す。


「偉大なる鍛冶師ドワーフ、それが答えですわ!」

『大☆正☆解☆★☆』


 陽気な祝意が込められた重厚な声が、ファンファーレが、大広間を揺らす。

 スフィンクスの身体が真っ二つに割れて、中央から琥珀色の魔石が輝きながら現れた。

 まるで魔石をエネルギー源としていたかのように、まったく動かなくなる。

 戦闘準備をしていたレオンハルトとディーも警戒を解く。


「……あれ作ったの絶対ドワーフのヤローだろ」

「俺もそう思う」


 脱力したような呟きが大広間に静かに響いた。





 スフィンクスのいた場所の後ろに煌々と輝く帰還ゲートが現れ、その更に奥に下へと向かう階段が出現する。次の層――第四層への階段が。


「なんか呆気なかったな……オレのしてきた苦労はいったい……」

「みんなが力を合わせたからこそですわね。仲間って素敵ですわ。私一人ならここまで来られなかったでしょう」


 いまなら錬金術師やギルドの職員がパーティを組むのを推奨してきたのがよくわかる。

 一人ではできないことを、力を借りたり、力を合わせて乗り越える。仲間というものの素晴らしさを知ることができ、リゼットは感動に震える。


「よっしゃ帰ろうぜ」


 声を弾ませてまっすぐに帰還ゲートに向かうディー。リゼットはその背中を少し寂しい気持ちで眺めた。

 仲間というものの素晴らしさを知り、そしていま、仲間と離れることの寂しさを知った。

 リゼットはレオンハルトを見る。レオンハルトはリゼットの視線に気づくと小さく笑って頷いた。


「どうした?……もしかして先に進むつもりなんじゃねぇだろうな」

「はい。私たちは先に向かいます」

「いや、戻って補給したりしなくていいのか。さすがに無謀――」

「ディー、ありがとうございます。ここまで来られたのはあなたのおかげです。短い間でしたがご一緒できて嬉しかったです」


 深々と頭を下げる。

 短い付き合いだったが、ディーと過ごした時間は楽しかった。ディーが無事に、喜んでダンジョンから出ていくのを見届けられることを嬉しく思う。


「俺からも礼を言わせてくれ。君の力に何度も助けられた。ディーがいなければこの層を突破できなかっただろう」

「マジかよ……」


 ディーは呆然と呟き、帰還ゲートとリゼットたちを交互に見つめた。

 大きくため息をつき、帰還ゲートに背を向ける。


「仕方ねぇなあ! 一回くらいは行けるとこまで付き合ってやるよ」

「いいのですか?」

「ああ。二言はねぇ」


 ぐっと親指を立てる。

 リゼットはその姿を嬉しく、そして頼もしく思った。


「で、お前らの目的は?」

「ドラゴン討伐です」

「聞いてねえ!」

「そしてドラゴンステーキです!」

「ウッソだろこいつ本気だ!」


 ディーは引きつった顔を青ざめさせ、帰還ゲートに向かって走り出す。


「そこまで付き合ってられるかっ――うわあああぁ! 帰還ゲートがもう消えてるううぅ」


 煌々と輝いていた帰還ゲートは消えてなくなっていた。ディーはがくっと地面に膝をついた。


「ははは。手遅れだな」

「爽やかに笑うな!……いやだあ! ドラゴン討伐なんてオレには無理だあ!」

「そんな。何事も経験ですわ。だいじょうぶ、私も初心者です」

「不安しかねえええぇ!」



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