第24話 真実の道に障害なし
「レオン、その地図借りていいか。――うお、意外と大雑把なんだなお前」
「読めればいいんだ読めれば」
ディーは手持ちの書きかけの地図と、レオンハルトが探索中に書いていた地図を照らし合わせる。
リゼットは横からその作業を覗き込んだが、ディーの地図は几帳面そのものだ。実際の通路が紙の上に写されたかのようだった。罠の位置などのメモ書きも多い。
対してレオンハルトの地図は略式。線で道が表現され、分かれ道と部屋、行き止まりの箇所が記されている。ディーのものと比べると大雑把だが、地図としては過不足がない。
「おふたりともすごいですね」
「お前も迷宮潜るならマッピングぐらい覚えとけ。さて、と――あと探索していないのはこの辺りか」
二枚の地図を見比べて、探索できていない場所を絞り込む。
未踏破の場所に向けて進み出すが、またなんの変わりもない同じような道ばかりが続く。地図がなければ永遠にさまようことだろう。
そしてリゼットたちは分かれ道の前で歩みを止めた。
先の道は二本。その上にはプレートが掲げられている。
「またこのプレートですわね。『真実の道に障害なし』……」
「罠が多そうだな。ディー、先頭を頼めるか」
「……いいけど、オレに任せるならオレの指示に従えよ」
「はい、もちろんです」
「絶対にウロウロすんなよ」
ディーは強く言うと、辺りをきょろきょろと見回し、壁に耳を当てる。投げナイフを手に取り、柄頭で壁のあちこちをコツコツと叩き始める。音の響きを聞いているのだろうか。
「――ん。たぶんこっち」
ディーが指し示した道を進む。
「そこトラップあるから、壁に手をつくなよ。槍とか矢が飛んでくるぞ」
「は、はい」
進んでいくとまた分かれ道が現れる。またディーの指示通りに進んでいく。
「足元にアラクネ糸がある。引っかかると吊るされるぞ」
言われて指を差されても、リゼットには糸など見えない。
しかし集中してよく見ると、光を受けてきらきらと輝く糸が、床から少し浮いたところにピンと張っているのが見えた。
言われなければ絶対に気づかなかっただろう。
「……前のパーティでは、この付近でずっと迷ってたんだ。あのプレートに従って、トラップがある毎に引き返してな」
進みながらディーがぽつりと零す。
「でもオレはこっちが正しいと思う。ただの勘だけど。それともどうする? 戻るか?」
「どうしてです? ディーにお任せしたんですから行きたい道を進んでください。レオンも構わないでしょう?」
ディーの少し不安げな目がレオンハルトを見る。
「勘は経験と直感から来るものだ。経験に裏打ちされた勘は精度が高い。信用するに値する」
「いくらなんでも持ち上げすぎだ。そーゆーのは無事切り抜けてから言ってくれ」
その瞬間、上から槍が降ってくる。
レオンハルトが【聖盾】で弾いて事なきを得る。
「……悪ぃ」
「お互い様だ」
そうしてまた進んでいくと、広く明るい通路に出た。
「この周辺にはトラップはないな。休むならここくらいか」
「そうだな。ここで一度休もう」
「結界を張っておきますね」
モンスターや他者が入ってこられない結界を張り、休む準備を進める。荷物を床に置き、隅で火を燃やし、寝袋を広げる。
「ディーはどうして罠の位置がわかるのですか」
眠る準備をしながら、リゼットはディーに問いかける。
一見何にもない場所でもトラップを見つけるディーはまるで魔法使いのようだ。
「トラップってのはだいたいヒントがある」
「ヒント?」
「床の色がビミョーに変わっていたり、浮いてたり、壁の中が空洞だったりな。でないと作ったやつも引っかかるだろ? だから見るべきところを見て、聞くべき音――仕掛けの動いている音とかもな。そういうのを聞いてりゃわかる」
「なるほど……」
「ただし本当にビミョーな違いだから、自己判断せずに資格持ったプロに任せろよ」
資格まであるらしいことに驚く。深い世界だ。
「あと、素朴な疑問なのですが。ディーはどうしてトラップのある道が正解だと思うのですか?」
あのプレートとは真逆の道をディーは選んでいるように見える。ディーの選択に口を挟むつもりはないが、理由は気になった。
「あれだ。トラップってのは、取られたくない宝や入られたくない特別な場所の周辺にあるもんだ。ない道の方が正しいって言われても、ウソだろとしか思えねえ」
「なるほど。『真実の道に障害なし』――これこそがトラップだということですね」
「わかったなら早く寝ろ」
「はい、おやすみなさい。レオン、ディー」
仲間が一人増えただけで、寝ずの番の負担はぐっと軽減される。仲間というもののありがたさを感じながら、リゼットは早々と眠りについた。
朝食は残っているパンを焼いた。深めに包丁を入れてバターを塗りこんで柔らかくして、チーズを乗せて焼く。
いよいよ食材が少なくなってきたので早く次の階層に移りたいとリゼットは思った。レオンハルトの話では、次は食べられそうなモンスターが多い階層らしいので期待が膨らむ。
休憩を終えて先に進むと、いままでになく広い空間に出る。通路が真っ直ぐに伸びるのみで、通路の両側は深い穴だ。壁ははるか遠く、天井ははるか高い。
穴は底がないかと思えるほどに深く、暗闇に覆われて下は見えない。
「向こうにも道が見えますね」
リゼットたちがいる通路より低い位置に、まったく同じような真っ直ぐな通路が伸びている。そしてその通路には、ディーが元いたパーティの面々がいた。
「うげっ」
「あら、無事だったのですね。よかった」
向こうはまだこちらには気づいている様子はない。
その時だった。下のパーティの歩く通路の一部が横に傾斜し始めたのは。
ボールが坂道を転がるように、歩いていたパーティは抵抗虚しく、呆気なく下に落ちていく。
下は底も見えない深い穴。悲鳴も希望もすべてを飲み込んでいく。
「あら、まあ……」
「アイテム持ってるから平気だろ」
ディーが呟いたその瞬間、闇の奥に四つの光が浮かぶ。光は垂直に登って一瞬で天井を通り抜けて見えなくなった。
死亡時帰還アイテムで地上に転送されたのだ。あまりにも呆気ない探索の終わりだった。
「――さあ、俺たちは進もう」
「だな」
再び通路を進んでいくと、大きな扉が立ち塞がる。
ディーは鍵穴の中を覗き込むと、自前のピッキングツールセットを取り出して先の曲がった金属の棒を穴に差し込んだ。
「よし、行けそうだ」
――カチ、と鍵の開く音がする。
「さぁて宝があるかモンスターが出るか。準備はいいか」
「はい」
「ああ」
そしてディーは扉を開けた。
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