第23話 仲間


 休息の間に入ってきたのは、男性ばかりの四人パーティだった。戦士二人、魔術士、回復術士のバランスの良いパーティは、探索に慣れた雰囲気を纏わせている。

 リーダー格の戦士の男がにやりと笑った。


「そのクソシーフを仲間にするのはやめておいたほうがいいぞ」

「そのような言い方はどうかと思います」


 忠告のつもりなのだろうか。言葉の選び方も言い方も、聞いていて気持ちのいいものではない。


「クソシーフはクソシーフだ。戦闘の役には立たない、敵の気配にも気づかない、罠の解除も失敗しまくって何の役にも立たない」

「それは、お前らがオレの言うことを聞かないから――」

「他のメンバーが解錠魔法を覚えているからいいものの、そうでなかったらとっくに全滅してたぜ」

「…………」


 解錠魔法。そんなものもあるのかとリゼットは感心した。

 しかしやはり聞いていて気持ちのいい言葉の選び方ではない。


「そいつは囮くらいにしかならない無駄飯喰らいだ。昔の馴染みでパーティに入れてやったのに、生き汚さだけが取り柄だったな。いまもちゃっかり寄生先を見つけてやがる」


 ディーはうつむき、押し黙ってしまう。


「たとえ彼の能力に問題があるとしても、ダンジョン内で解雇するのは仁義に反する」


 レオンハルトは怒っていた。静かに深く、激しく。


「ジンギってなんだよそれ。食えんのか」


 余裕ぶって笑っているが顔の筋肉が引きつっている。明らかに気圧されている。


「ダンジョンの中で見捨てるのがどれほど残酷なことか、考えたことはあるのか」

「……ンだよ親切に忠告してやったのに。そいつに付き合って全滅してろ!」


 激しい啖呵を切って部屋から出ていく。仲間たちもその後をついて出ていってしまった。


「……休んでいかなくていいのでしょうか?」

「びっくりするほどお人好しだな、あんた」


 ディーはぽつりと呟いて、大きくため息をついた。その表情は暗い。


「あいつらの言う通りだ。オレはシーフとしては役立たずなんだよ。邪魔して悪かったな」

「待ってください!」


 去ろうとするディーの前に回り込む。


「ディーさん、やはり私はあなたを歓迎します。ミミックを食べる人に悪い人はいません」

「その論理は成立しないと思う」


 レオンハルトが小さく呟くが、その声はリゼットには届かない。

 ディーはどこか怯えた顔でリゼットを見て、ふるふると首を横に振る。


「いや、さっきの話ナシって言ったよな?」

「ディー。他に当てがないのなら、しばらく行動を共にしないか? 一人で探索は厳しいだろう。こちらもシーフがいてくれればと思っていたところなんだ」


 レオンハルトに説得されても、ディーは及び腰だった。


「他に雇ってくれそうなパーティが見つかれば、そちらに移ればいい」

「なんなんだよお前ら……オレはモンスターなんて食いたくねーんだよ!……そこまで尊厳捨てたくねぇ」


 それが仲間に入りたくない一番の理由らしい。

 リゼットは首を傾げた。

 モンスター料理はおいしくて栄養がある。調理に失敗することもあるが、それは通常の食材でも同様だ。そこまで忌避されるようなものとは思えない。


「食べるもので尊厳は失われない。だが食べなければ命が失われる」


 レオンハルトの言葉には重みと説得力がある。

 ディーもやや前向きになってきたようだった。扉の外に向けられていた視線が、こちらの方を向いている。


「それではディーさんの分の食事はモンスター抜きにします。だから、私たちと一緒に来てはいただけませんか?」

「な、なんだってそこまで」

「あなたの力を必要としているからですわ」


 リゼットの提案はディーの決意を少しばかり揺さぶったらしい。表情に迷いが生まれ、身体が出口とリゼットたちの方を交互に向く。


「……お前らの他のメンバーは偵察中か?」

「他のメンバーはいません。私たち二人パーティなので」

「二人でここまで? かなり強いんだな」


 ディーは感心していた。

 強いと言われて嬉しくないリゼットではないが、少し前に会った教会騎士は一人で第三層までたどり着いていたのだから、自分はまだまだである。


「そう言えば自己紹介がまだでしたね。私はリゼットと申します」

「俺はレオンハルト。レオンと呼んでくれていい」

「リゼットに……レオンハルト?」


 名前を聞いた途端、不穏な気配を感じ取ったような、神妙な表情になる。


「早くここを出た方がいい。リーダーのあいつ、お前らに恨みを持っている。のんきに休んでたら寝込みを襲われるかもしれねぇ」

「恨まれるようなことありましたっけ」

「さあ。覚えがないな」


 レオンハルトも首を横に振る。


「ギルドで揉めたとかなかったのか?」

「うーん、あったとしてもかなり前のことですわね。随分地上には戻っていないので」


 ギルドでの揉め事はあったが、絡んできた相手の顔までは覚えていない。


「……片思いかよ。哀れなもんだぜ」


 ディーはうんざりしたような、同情するような顔をする。


「教えてくださってありがとうございます。でも、いいのですか? 私たちが彼らと戦うことになってしまうかもしれません」


 リゼットは人間同士で争いたくはない。

 それでも向こうから攻撃してくれば、当然反撃はする。


「……なったらなったで仕方ねーだろ。オレはもう向こう側じゃねーし」

「…………」


 レオンハルトは無言で扉に近づくと、扉は閉じたまま外の様子を伺う。

 息を殺し、気配を探り、振り返る。


「外にいるな。リゼット、ディー、出られるか?」

「少し待ってください。荷物を片付けてしまいます」


 荷物をまとめ、焚火を消す。

 出発の準備を整えて、レオンハルトを先頭に警戒しつつ外に出る。

 外にいたのはモンスターではなく先ほどの冒険者パーティだった。

 こんなに早く出てきたことに驚いたようだがすぐに剣を抜く。


「死ね!」


 決定的な敵意とともに問答無用で振り下ろされた剣を、レオンハルトが盾で弾く。

 体勢を崩した戦士の腹部に蹴りを入れ、もうひとりいた戦士の前に吹き飛ばす。二人は絡まり合うようにその場に倒れた。


「剣を向けるからには、それ相応の覚悟はできているんだろうな」


 冷たく厳格な声で、レオンハルトは最終警告を行う。

 返答は火魔法だった。

 魔術師の火球がレオンハルトへ向けて飛んでくる。


(危ない――!)


【魔力操作】【水魔法(中級)】


 リゼットは相手の火魔法よりほんの少し強い魔力を込めて、反対属性の魔力を火球にぶつける。

 火と水の魔力はお互いを打ち消し合うように消滅し、わずかに残った水魔法が辺りに降り注いだ。


「凍れ!」


 降り注いだ魔力を拠点に周囲一帯を凍らせる。レオンハルトとリゼット自身の足元は避けて。

 行動不能になった相手を、レオンハルトは手早く全員気絶させる。血を流すことなく。鮮やかな手並みだった。


 気を失った元仲間を見るディーの目は冷ややかだった。


「ここまで腐ってやがったとはな。お前らなんてこっちから願い下げだ」


 怒りと失望の声を聞きながら、リゼットは周囲の様子を確認する。暗い通路の奥の奥からはモンスターの唸り声が響いてくる。


「レオン、ディーさん。彼らを部屋の中に運んでもいいですか」

「はあっ?! 本気かよ」


 リゼットの提案に二人とも驚いたようだった。特にディーが。


「さすがにこれで死んでしまわれると、寝覚めが悪いので」


 ここはダンジョン。モンスターがいつ襲ってくるかわからない。ゾンビになってしまう可能性もある。


「帰還アイテム持ってるから大丈夫だろ……チッ……ホントお人好しだな」

「そういうわけではなく、目覚めが悪くなるのが嫌なだけです。睡眠は大事ですしね」

「……ホント、お人好しだな」


 彼らを拘束していた氷を溶かし、休息の間の中に運び入れようとする。


「俺がするよ」


 レオンハルトが気絶している彼らを部屋の中へと引きずっていく。

 ディーも無言でそれを手伝った。

 リゼットも協力して全員を無事運び終わると、部屋の中がいっぱいになる。

 これでモンスターに襲われて死ぬことはないだろう。


 外に出たとき、ディーがばつが悪そうに口を開いた。


「……なあ。改めて、オレを仲間に入れてくれないか」

「もちろん。歓迎します」


 それはリゼットにとっても嬉しい申し出だった。満面の笑みで快諾する。


「ディーさんの分の食事はモンスター食材なしで用意しますね」

「サンキュー。でも特別扱いはナシで」


 ディーは目線を逸らし、頬を赤らめつつ、笑った。


「いっしょのものを食うよ。オレを、お前らの仲間に入れてくれ」

「ディーさん……」

「ディーでいいって」

「モンスター料理の良さをわかっていただけて嬉しいです!」

「それは全ッ然わっかんねぇから!」


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