第22話 シーフが仲間に入りたがっています
グールの部屋を出てから、探索を行いながら二度食事休憩をする。
すでにかなり探索を進めたはずだが、まだまだ第三層の出口は見えない。
「ここは休息の間か。ちょうどいい。少し休んでいこう」
第三層の探索中に見つかった部屋を見て、レオンハルトが言う。そこはモンスターの気配はまったくない、三方が壁に囲まれた部屋だった。
右手の壁には噴水孔があり、きれいな水が勢いよく流れている。水は下の水受け台に溜まって、排水口へと流れて消えていく。
焚火をする場所もあり、座ったり寝袋を敷いたりもできる大きな木台も三つあった。
「何なんですか、この部屋は。いたれりつくせりですが」
「ダンジョン内に時々ある休憩所だ。モンスターも出ないから安心していい」
いったい誰がこんな部屋をつくったのだろう。ダンジョンをつくった存在が、だろうか。
リゼットは不思議な気持ちになったが、レオンハルトがそう言うのならあまり身構えなくてもだいじょうぶだろうと思った。
「ダンジョンって不思議ですわね……なんでしょう、このプレートは……『真実の道に障害なし』?」
正面の壁に打ち付けられたプレートに書かれた文字を読む。
「何かの謎掛けでしょうか」
「第三層にはトラップが多い場所もあるから、その関連かな」
「文面からすると、トラップがないルートが正解ルートということでしょうか」
「ダンジョンのトラップは基本的に凶悪で陰険なものばかりで、あっさりと命を落とすようなものも多い。慎重に進まないとな」
レオンハルトは水で顔を洗う。
「トラップとはどんなものなのですか?」
「よくあるのがくくり罠。足や首にロープがかかって吊り上げられる」
リゼットはゾッとした。足はともかく首は一瞬で死亡しそうだ。
「落とし穴もよくあるし、床や天井、壁から槍や矢が飛び出してくるのもある。部屋に閉じ込められたら天井が落ちてきたり、水が入ってきて溺れそうになったこともあったな」
「殺意の高い罠ばかり……よく生きていらっしゃいますね」
「いや、何度か死んだよ。シーフや鍵師がいても罠やギミックをすべて解除できるわけでもないし」
レオンハルトは朗らかに笑っている。良い思い出を語っているような表情だ。
「それでもシーフがいると罠の解除率は上がる。ダンジョン探索には不可欠な存在だ」
「うーん……どこかにシーフがいてくださればいいのですが」
「他のパーティと取引して、同行させてもらうしかないかな」
「取引……」
取引材料になるようなものはあるだろうか。手持ちの30万ゴールドでなんとかなればいいのたが、冒険者の相場はわからない。
あと取引に使えるものといえば、食材くらいだ。
いまある食材は、凍らせて保存していたミミックとクラーケンの残りと、ウゴキヤマイモ、玉ねぎ、小麦粉、バター。教会騎士からもらったチーズと大麦。
「よし、今回はシチューにしましょう」
あるかわからない取引よりも、いま食べる食事。
「レオン、イモの皮を剥いて、サイコロ状に切ってもらえますか?」
「わかった」
リゼットは玉ねぎは薄切りにしてしんなりするまで炒め、ウゴキヤマイモと大麦と合わせて炒める。一旦それらを取り出してバターと小麦粉をよく練ってから水で伸ばしてホワイトソースを作り、野菜と一緒に煮込む。
野菜に火が通ったら解凍したミミックとクラーケンの切り身を入れ、香辛料で味を整えてチーズを削って入れ、火魔法で上から軽く焼く。
「できました! ミミックと大麦のシチューです」
上にかかったやや焦げたチーズが見た目にも美しく、食欲を刺激する。
「いただきます」
木台に並んで座り、いざ食べようとしたその瞬間、休息の間の扉が開く。
茶色の髪の痩せぎすの冒険者が、ゾンビの群れに追いかけられながら転がり込むように入ってきて乱暴に扉を閉めた。
「……た、助かった……おい、ゾンビがいるからしばらく開けるなよ」
肩で息をしながら言って、ふらふらと水場に近づき、食らいつくように水を飲む。
まだ若い冒険者の男性だった。年頃はリゼットと同じく十六歳ほどか。
水を飲み終わって振り返った冒険者と目が合う。
「お前ら、パーティに空きはあるか?」
「あ、はい」
「オレはディー。シーフだ。頼む! オレを仲間に入れてくれ!」
【鑑定】ヒューマン。地上で最も繁栄している人族。
グールやモンスターではない。
シーフを探している時に向こうからシーフがやってくるなど、あまりに都合が良すぎて罠を疑ってしまった。とっさに鑑定してしまうほど。
レオンハルトが立ち上がり、ディーと名乗ったシーフと向き合った。
「こちらとしてもありがたい話だが、君はどうして一人なんだ? シーフが一人でここまでは来られないだろう。仲間がやられたのか?」
「それは……」
言いよどむ。
言いにくい事情があるのだろうか。リゼットも気にはなったが、いまはそれよりもシチューが食べたい。
「とりあえずご飯にしましょう。ディーさんもよかったらどうぞ」
「いいのかっ?」
「もちろんです」
器にシチューを盛り、ディーに渡す。
ディーは感動に目を輝かせてシチューを見つめた。
「すごいなお前ら。ダンジョンでこんないいモノ食ってんのか。これは……何の肉だ?」
「ミミックです」
「ミミック? ミミック食ってんのかっ?!」
驚きながらもぱくっと食べる。
「――ハッ、食ってやったぜクソミミック! ざまあみろ!」
「ミミックに恨みが?」
「シーフでミミック好きなやつはいねえよ。まー味は悪くねぇな」
気持ちいい食べっぷりで流し込むように食べていく。
リゼットも食べた。ミミックとクラーケンの肉は絶品で、麦のプチッとした食感もいい。ウゴキヤマイモもなめらかで、素朴な味がシチューの風味と相性がよく合っていた。
「ふーっ、食った食った…………え?……ミミック食ったのかオレ……?」
完食し満足したように腹を押さえていたディーが、ふと我に返ったように愕然として口元を押さえる。
先ほどまでの高揚感や熱気はどこへ行ったのか、紅潮していた顔はすっかり青くなっていた。
「それだけじゃありませんよ。クラーケ――むぐっ」
シチューにはクラーケンも入っていたことを伝えようとすると、レオンハルトに口を塞がれる。
「お前らもしかして、モンスター食いながら潜ってんのか?」
「はいもちろん」
レオンハルトの手を引きはがして答える。
「……クレイジーだな……」
リゼットたちに向けられた目は、理解できない異質なものを見る目だった。
ディーはすくっと立ち上がる。
「悪い。さっきの話はなしで。モンスターなんてもの食うのはゴメンだ」
「ミミックは食べたのに?」
「さっきは腹減りすぎてどうかしてたんだよ。あいつには何度も痛い目見せられたしな! お返しだ!」
不思議な理屈だとリゼットは思った。
そんなものはただの感情論ではないかと。
「ミミックよりおいしいモンスターもたくさんいますのに」
「いやだ知りたくないそんな世界」
ディーは耳を押さえ、頭を抱えてうずくまり、全身で拒否の意を示す。さすがにリゼットも嫌がる相手に強要する気はない。
仲間にするのはすっぱり諦めようとしたとき、また扉が外から開く。
外にいたゾンビの群れを倒してぞろぞろと入ってきたのは、四人パーティの冒険者だった。
「おっと先客か……お、なんだディー、もう次の寄生先を見つけたのか?」
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