第21話 グールのトラップ


 ダンジョンには昼も夜もない。

 時間という概念そのものが曖昧になってくると、当然、食事や休憩のタイミングは本能に従うこととなる。


「今日はそろそろ休もうか」


 眠って休憩できそうな、部屋になっている場所でレオンハルトが言う。


「そうですね。少し疲れました」

「交代で見張りをしよう。君が先に休んで」

「結界を張りますよ?」


 食事と休憩の時には結界を張るのがリゼットの習慣となっている。他のことをしている最中にモンスターに襲われればひとたまりもない。


「ありがとう。でも念のため誰かが起きていた方がいい」

「わかりました」


 素直に従い、魔法の火の調子を見てから、結界を張り直し、地面に布を敷いてその上に寝袋を広げる。


「おやすみなさい、レオン」

「ああ、おやすみ」


 寝袋に入ると思っていた以上に疲れていたのか、すぐに眠りについた。そして不思議な夢を見た。

 極彩色のような赤いような騒々しいような静か過ぎるような変な夢を。



 途中二回、レオンハルトと見張りを交代し、疲れが取れるまで就寝する。

 最後の交代のあとは顔を洗い、朝食をつくる。最後のユニコーン肉に、乾燥した毒消し草と、ハーピーの卵を入れたスープに、バターを少し。

 あとはパンを軽く焼く。


「おはよう、リゼット……」


 そろそろレオンハルトを起こそうかと考えていると、声をかける前に起き上がる。


「おはようございます。食事ができていますのでどうぞ」





「レオン、夢を見せてくるモンスターとかはいるんですか?」


 あたたかいスープとカリカリのパンが心身を満たす。リゼットはほっと息をつき、会話のひとつとしてそう聞いてみた。


「ん? 変な夢でも見た?」

「よく覚えていませんが……女性に語りかけられるような夢を見た気がします……うまく言えませんけどなんだか極彩色な変な感じで」

「じゃあサキュバスじゃないな……」

「サキュバスとは?」


 聞き返すと、レオンハルトは短く息を詰まらせた。


「……いや、この話はここまでにしておこう」

「そんな。こんなに知的好奇心を煽っておいて」


 レオンハルトの言い方から察するに、夢の中に現れたり、夢を操るモンスターだろう。睡眠中という無防備な時に現れるなんて危険なモンスターだ。しかし所詮夢は夢。夢にしか現れないのなら大きな害はないのかもしれない。


 ――どちらにしろ気になる。

 レオンハルトは渋々口を開いた。


「……夢を通じて生気を吸い取るモンスターだ。夢の中に理想の異性の姿で現れる。服を着ていない下半身丸出しの姿で」

「不埒ですっ!!」


 リゼットは反射的に叫んでいた。

 まごうことなき変質者、変態だ。不埒で破廉恥。大変態。


「そんなのただの変質者じゃないですか! いくら理想の相手でも、そんな姿で出てこられたら怖いだけです!」

「俺に言われても。事実なんだから仕方ない」

「……そんなモンスターに引っかかる人がいるんですか?」


 レオンハルトはすっと視線を逸らす。


「さあ。俺は遭ったことはないから」

「…………」


 なんとなく怪しい。だが追求したくもない。なんとなく知りたくない。世の中には知らなくてもいいことがある。





 食事が終わり、出発の準備が済むと、リゼットは魔法の火を消して結界を解く。

 探索を再開しようとしたその時、レオンハルトの表情が変わる。その視線の先を追いかけると、ふらふらと近づいてくる人影が見えた。

 またゾンビかとリゼットが魔法の準備をしていると、おぼつかない足取りの詳細が見えてくる。


 それは美しい女性だった。

 長い黒髪に、病的なまでに白い肌の。服はぼろぼろで靴も履いていない。長期間捕らわれていて何とか逃げ出してきたかのような風体だ。

 女性は憔悴しきった瞳でこちらを見つめ、震える声で言う。


「助けて……助けてください……」

「だいじょうぶですか」


 駆け寄ろうとしたリゼットの前にレオンハルトが進み出て、穏やかに邪魔される。

 女性の潤んだ瞳が、縋るようにレオンハルトを見上げる。


「助けてください……仲間が……」

「わかった。行ってみよう。案内を頼めるか」

「はい、ありがとうございます……こちらへ……」


 女性に案内されるままに迷宮の通路を進む。

 女性はふらついているが体力はあるらしく、休むことなく歩き続ける。一刻も早く仲間を助けたいのだろう。


 気を引き締めるリゼットだが、先ほどからぞわぞわと嫌な予感が止まらない。足元に正体不明の虫が蠢いているかのような嫌な感覚が。


 深い暗闇を前にして、女性の足がぴたりと止まる。

その先は広い空間だった。部屋だった。奥ではいくつもの黒い影が蠢いている。

 それは死体だった。青黒い肌の動く死体の群れが、黄色い牙と爪を露わにしてこちらを睨んでいた。


(ゾンビ? いやこれは――)


「グールの集団だ! リゼット、頼む」

「――フレイムアロー!」


 レオンハルトの【聖盾】の後ろから、炎の矢を放つ。



【鑑定】グール。死体に精霊が乗り移った存在。



 我先にと狭い出口に殺到していたグールたちは、その先頭から炎の矢に貫かれた。

 炎はグールを内側から燃やす。暴れたグールから火が飛び、周囲に燃え移る。レオンハルトの【聖盾】はグールの接近も脱出も炎も防ぎ、グールの群れはリゼットたちの目の前で灰になるまで燃え続けた。





「ゾンビとグールはよく似ているけど別のモンスターだ。どちらも身体は人間の死体で、人を食べようとするが、グールには知性がある」


 敵の気配が完全に消えてから、レオンハルトが言う。


「特に女性型のグールは知性も高く綺麗な姿をしていて、生きている人間を騙して餌にしようとしてくる。グールの美人局だな」

「レオンは気づいていたんですか……?」


 ――あの美しい女性がグールだったことに。彼女も他のグールと同じく炎に焼かれて消えた。


「ああ。顔は化粧をしていたけれど他の肌が白すぎたし、死体の匂いがしたから」

「なるほど……」


 リゼットは己の未熟さを痛感した。

 ここはダンジョン。モンスターの巣窟。モンスターにも知性があり、食欲があり、気をつけなければこちらが食べられてしまう。


「ダンジョンは食うか食われるか、ですわね……」


 リゼットは改めてその事実を胸に刻み込み、ダンジョンの暗闇の中を再び進み始めた。


「いや、普通は食べないから」



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