第18話 ハーピーフレンチトースト


 休めそうな広いスペースは近くにはなかったので、通路の端に結界を張って食事にすることにする。


「パンを手にしたのは久しぶりです。さっそくパンから食べましょう」


 このパンは保存食のため硬い。おいしく食べるためには調理が必要だ。

 フライパンでバターと共に焼くだけでも柔らかく、香ばしくなるだろうが、リゼットはもうひと手間加えることにした。


 鶏卵よりも一回り大きいハーピーの卵を水で溶き、砂糖を混ぜて卵液を作る。そこにスライスしたパンを入れてしっかりと卵液を染み込ませる。

 漬け込んでパンが黄色に染まった後は、バターと共にフライパンでじっくりと焼く。バターの溶ける香りが調理中から食欲を誘った。


「できました! フレンチトーストです」

「ハーピーの卵か……」


 ハーピーというモンスターのことをよく知ってるのか、レオンハルトの表情は晴れない。

 卵を産むのだから鳥系モンスターだろうが。


「それではいただきます」


 リゼットはさっそく自分の分を食した。砂糖とバターが香る黄金色のパンは、あたたかくしっとりとしていた。

 ふわりと、バターの香りと砂糖の甘さが口にひろがる。


「うん、おいしい。普通の卵ですね。ちょっと黄身が濃いような気もします」


 久しぶりに食べる砂糖は魅惑的だった。端はカリカリしていて香ばしく、中はしっとりと、そしてもちもちとした食感だった。


「うまい」


 レオンハルトも一口食べて驚いていた。


「リゼットはどうしてこんなに料理ができるんだ。貴族の出身なんだろう?」

「冒険者だったおばあ様に、サバイバル料理を教えていただきましたので」


 その時の経験がこうやって活かされているのだから、人生何が起こるかわからない。そしてこのフレンチトーストはおいしい。


「レオンさんこそ、モンスターにとても詳しくて、尊敬します。ストーンゴーレムは関節に氷をつくって隙間を膨らませて割るだなんて、私知りませんでした」

「俺の場合は生まれたときからドラゴン討伐に行くことが決まっていたから。モンスターの知識も準備の一環で――」


 途切れた言葉は、ため息によって完全に断たれる。


「レオンさん?」

「いや、俺の人生すべてドラゴンのためのものだったなって」


 自嘲気味な言い方に、リゼットは首を傾げた。


「役に立っているじゃないですか」


 レオンハルトのモンスターの知識はかなりのものだ。

 ダンジョン踏破に一番近いパーティと言われていたのも、知識と実力があったからこそ築けた実績によるものからだろう。

 どれだけ力があっても知識がなければ敵のトラップや予想外の動きで瓦解する。知識は武器で宝だ。


「レオンさんの知識や経験や勇気に、私は助けられています。これからもきっと、レオンさんの役に立ちますよ」


 心の底からそう思う。そして自分も知識を蓄えていきたいとリゼットは思った。まずは食べられるモンスターの知識から。


(ハーピーの卵……卵が食べられるのなら肉もきっと行けるはず。いつか会ってみたいわ。ミミックも今度はきっと料理してみせる。次は火魔法じゃなくて水魔法で凍らせてみましょう)


 夢は広がる。


「……レオンでいい」

「えっ?」


 考えごとをしていて反応が遅れる。

 顔を上げて目を見つめると、緑色の瞳が泳いだ。


「呼び方。あの時はうまく話せなくてちゃんと名乗れなかったんだけど」


 たしかに最初、どうして短く名乗ったのかわからなかった。あまり気にせず名乗ったように呼んでいたが、そういうことだったとは。

 目線が合うと、レオンハルトは視線をそらし、はにかむように笑った。


「短く呼ばれるのも悪くない」


 ――その時リゼットの胸の奥に、いままで知らなかった感情が灯る。

 暖かい、小さな小さな火。リゼットはそれの名前を知らない。


 少し心を許されたようで、嬉しいような、苦しいような。

 リゼットは、この人を死なせたくないと思った。


「――レオン」

「ああ」

「レオン、これを持っていてください」


 リゼットは自分が持っていたハート形のアミュレット――『身代わりの心臓』をアイテム袋から取り出し、レオンハルトに渡す。


「ずっと考えていたんです。私が持っているより、蘇生魔法が使えるレオンが持っていた方がいいと」


 実は行商人にも聞いてみたのだが、残念ながら蘇生アイテムは持っていなかった。これはリゼットが最初に錬金術師に貰ったものだ。


「私がうっかり死んでもレオンに蘇生してもらえますが、レオンが死んでしまうと私にはどうしようもなくなりますから」


 リゼットが獲得できるスキルの中には【回復魔法】はなかった。

 二人とも同時に、あるいはレオンハルトだけが死んで脱出したとしても、レオンハルトならきっと助けに来てくれるはずだ。

 もし見捨てられたとしても恨む気はない。


「これは受け取れない」


 レオンハルトはそう言い、リゼットの手にそれを握らせた。


「俺は、君を犠牲にしてまで生き延びたいとは思わない」

「わかりました。では、もう一つ手に入ったらお渡ししますね」

「ああ。その時はよろしく頼むよ」


 笑うレオンハルトに、リゼットも笑い返す。


(そうよ。私が死ななければいいだけの話だわ)


 そしてもし、レオンハルトが一人ダンジョンに取り残されることになったら、必ず迎えに行こう。そう誓った。


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