第19話 教会騎士ダグラス


 休憩後、レオンハルトの描く地図を頼りに探索を再開する。


「レオン、あそこにいるのはミミックでは――」


 様子の変わらない通路を移動しているときに、宝箱らしきシルエットを発見し、リゼットは興奮して指差した。

 そこにあったのは半開きの宝箱。箱の中からは人間の下半身がだらりと伸びていて、上半身は箱の中。

 とても生きているようには見えない。


 食事中のミミックは、こちらに気づくと食べていたものを吐き出して、大きく跳ねるように襲いかかってくる。鋭い牙を剥き、長い舌を伸ばして。


「フリーズランス!」


 分厚い氷漬けになり、まるでオブジェのようになったミミックが、ころころと石床の上に転がる。


「死にました?」

「ああ、死んでる」

「そちらの方は騎士でしょうか。他にお仲間はいないのかしら」

「ソロで潜ってるのか、置いていかれたか……意外と損傷は少ないな。ゾンビやグールにもなっていないみたいだし、蘇生してみよう」


 上半身が歯型と血だらけの死体を、レオンハルトが蘇生する。

 蘇生は無事成功し、流れていた血は体内に戻り、傷は塞がり、身体がぴくぴくと動き始める。


「こ……ここは……?」

「ノルンのダンジョンだ。名前は言えるか?」

「……女神教会騎士のダグラスと申します」





「命を助けていただき誠にありがとうございます」


 リゼットが渡した水を飲んで落ち着いたのか、教会騎士は深々と頭を下げる。装備している鎧は破損していたが、剣や背負っていた荷物は無事だったようだ。


「ダンジョンではお互い様だ。気にしなくていい」

「いえ、この御恩はいつか必ず返します」


 レオンハルトは苦笑し、それ以上は何も言わなかった。


「あのままならミミックのお腹の中でしたね。お仲間も心配されているのでは?」

「いえ、私は一人で行動しています」

「まあ、お一人でここまで?」


 リゼットは驚き、讃えた。相当な手練れだ。


「ですがどうしてまた教会騎士様が単独でダンジョンに?」

「実は、人を探していまして」

「ダンジョンで? 冒険者の方ですか?」


 ダンジョンで人探しは大変そうだ。


「冒険者ではなく犯罪者です。リゼットという名前の凶悪犯なのですが、ご存知ありませんか?」

「はい、私がリゼットですわ」

「ハハハッ」

「ふふふ」


 朗らかな笑い声が重なって迷宮に響く。


「私の探しているのは冬眠前のジャイアントキリングベアーのように強靭かつ凶暴で、悪魔の心を持つ大罪人です。貴女のような可憐な方ではありません」

「まあ、ジャイアントキリングベアーだなんて」

「リゼット、そこは喜ぶところじゃないから」


 あんな強く美しい地上モンスターに例えられるなんて光栄だった。レオンハルトは呆れ顔だが。


「でも間違いではありませんわ。罪人のリゼットなら私です。どのようなご用件でしょうか」

「えっ? まさか本当にあなたが?」

「はい。おそらく」


 教会騎士の表情が険しくなり、背負う空気が重く暗いものになる。


「……すみません。少し外します」


 力なくそう言うと、ゾンビのようなおぼつかない足取りで離れていく。


「どうなされたのでしょう……とりあえず食事の準備をしましょうか、レオン」

「リゼット。君はここにいてくれ」

「えっ、あの――」


 リゼットが止める間もなくレオンハルトは教会騎士を追っていく。


「せっかちですわね」


 一人取り残されたリゼットは小さくため息をついた。


(さて、私は食事の準備をしましょうか)


 食べられるときに食べておかないと。

 教会騎士もきっと空腹だろう。あたたかいものを食べさせてあげたい。

 料理しやすい場所を探してきょろきょろと辺りを見回しながら移動する。


「はっ――こ、これは……」


 割れた石壁の間から、植物の根が何本も張っているのを発見した。



【鑑定】ウゴキヤマイモの根。ツルは生物に巻き付いて相手を絞め殺し、己の肥料とする。



(根だけしかないから安心ね)


 第一層でも見かけた植物系モンスターだ。

 探索中に拾ったナイフ(鑑定済)を取り出し、根をざくざくと切る。時々びくびくと震えるのは新鮮さの証だろう。

 太さはリゼットの手首ほど。断面は雪のように白く、キメが細かく滑らかだ。


「うん、おいしそう。さあ何の料理をつくりましょうか」


 せっかくミミックを獲ったのだからメインディッシュに使いたい。そのためにはまずミミックのことをよく調べなければ。

 氷漬けになっているミミックのところに戻り、解凍する。外見は完全に壊れて開いた宝箱だ。


「こ、これは――……」





 リゼットはレオンハルトと教会騎士を追いかける。

 二人はすぐに見つかった。

 しかし気軽に話しかけられるような和やかな雰囲気ではなかった。

 一触即発。ぴりぴりとした雰囲気に思わず身が竦む。お互いに剣を抜く直前のような雰囲気だ。


(どうして――)


 教会騎士の目的はリゼットのはずだ。どうしてレオンハルトと戦う雰囲気になっているのか。まるで訳が分からない。


「この国の教会騎士は、恩人に剣を向けるのか。職務熱心なことだな。信心か盲信かは知らないが」


 挑発するようにレオンハルトは言う。


「――女神教会に剣を向ける気ですか」


 低い声が静かに響く。

 教会騎士は、教会と信心への侮辱は許さない。


「教会の権威を盾にするつもりか。生憎だが俺は女神教会を信仰しているわけではない」


 レオンハルトは落ち着いている。落ち着いて刃を研ぎ澄ませている。

 このままではすぐに血を見ることになるだろう。

 リゼットは、ダンジョン内で人間同士が戦い合う姿なんて見たくはない。

 冒険者同士の戦いは禁じられているとレオンハルトも言っていた。


(まずは話し合わないと――)


 リゼットは我慢できずに表に出て、声を上げる。


「レオン、騎士様。ご飯を作るのを手伝ってください」

「それどころじゃない」


(それどころじゃない……?)


 レオンハルトの言葉に、リゼットは怒りに震えた。食事をないがしろにするような言い方に。

 ダンジョンにおいて何より大切なのは食事と睡眠と衛生だと言うのに。身体と心が整っていなければ充分なパフォーマンスは発揮できない。

 怒りで腹の奥が煮えかえる。


「凍れ!」


「「――――ッ」」


 魔法でふたりの剣と鞘、そして足元を凍らせる。剣を抜けないように、動けないように。

 凍りついて動けなくなったふたりを睨む。


「ケンカこそ後でもできます。――騎士様。私は逃げも隠れもしません。お話があるのでしたら食事の後で聞きます。いまは手伝ってください」

「は、はいいっ!」

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