第17話 ダンジョン行商人


 探索中に遭遇するモンスターを魔法で焼き、あるいは凍らせながら、リゼットはミミック――もとい宝箱を探すが、なかなか宝箱は見つからない。


「宝箱もミミックも、そうそういるものじゃないから」


 前を進むレオンハルトは後ろに目がついているのか、振り返りもせず呆れたように言う。


「縄張り意識でもあるのでしょうか。でも諦めたらそこで終わりです」


 その時、通路の前方に何物かの気配が現れる。

 ずんぐりとした小さな山に足が生えたような影がこちらへ近づいてくる。

 ただ、敵意らしきものはない。

 向こうもこちらに気づいたのか、一瞬足取りが止まる。そして右手を高く掲げた。


「おおこりゃレオンハルトの旦那!」


 とびっきり陽気で太い声が、石の通路に響いた。


「カナツチ、久しぶり」


 レオンハルトがカナツチと呼んだのは、小柄でずっしりとした体形の、立派な髭を蓄えたドワーフだった。背には大きな鞄を背負っていて、それが山のような影を作っていたようだ。


「しばらく見ねえから死んじまったかと思ったぜ!」

「ははは……また会えて嬉しいよ」

「そちらのお嬢さんは? 新しいお仲間かい?」

「彼女はリゼット。そんなところだ。リゼット、彼はカナツチ。ダンジョン内で行商人をしているんだ」


 ――行商人。

 それならば背負われた大量の荷物も納得だった。そして一人でダンジョンの中を歩き回って商売をしていることに、リゼットは深い感銘を受けた。

 いったいどうやってモンスターの襲撃を躱しているのだろう。どうやってダンジョン内で生活しているのだろう。気になってたまらない。


「リゼットです。よろしくお願いします」

「おおこりゃご丁寧に。どうだ、せっかくだから見ていかねえか」

「食材! 食材はありますか?」

「はあ? こんなところで手持ちが切れたのか? あるにはあるが高いぞ」


 行商人の指が丸の形をつくる。


「うっ……ゴールドの手持ちはいまは……」


 冒険者ギルドへの納品で手に入れたゴールドは錬金術師の店で使ってしまった。

 レオンハルトをちらりと見上げる。


「俺もいまの手持ちはほとんどない。まとまった金は銀行だ」

「うちは現金払いだけだぞ」

「うーん……」


 リゼットは考え、そしてひらめいた。


「行商人の方なら買取もしていらっしゃいます? こちらの物を見ていただきたいのですが」


 アイテム袋の中からユニコーンの蹄を取り出す。第一層で遭遇したユニコーンから手に入れたものだ。


「ユニコーンの蹄か。こりゃ上物だ。ひとつ2万で買い取ろう」


 リゼットが説明をしないうちから品物が何かを見抜き、値付けをしてくれる。


「冗談を言ってもらっては困ります」


 リゼットは強気で身を乗り出した。


「こちらを薄く加工してコースターにして貴族や教会に10万ゴールドから売るのでしょう? これひとつから10枚は作れますから最低100万ゴールドになります。せめて20万ゴールドはいただかないと」


 ユニコーンの蹄のコースターは、毒が入ったグラスを上に置くと飲み物から煙が立つと言われている。毒殺に怯える権力者の御用達であり、高くても確実に売れる商材だ。

 そうと知っていたからこうして保管していた。換金もしくは自分で加工して販売するために。それを買い叩かれるのを黙って見てはいられない。


「カーッ、これだから原価しか見ない素人は困る! 加工費に流通経路の経費に人件費! 20万も取られりゃ赤字だ赤字! 5万!」

「15万」

「8万。これ以上は無理だ」

「10万。いいですのよ他にも換金ルートはございますから」


 ハッタリではない。錬金術師に渡せばそれなりの値段がつくはずだ。

 リゼットの本気が伝わったのか、行商人は渋面となって唸る。


「くっ……わかった、10万」

「交渉成立ですわね」


 リゼットは満足して頷き、残りの三つも出す。

 ――ユニコーンの足は四本。蹄は全部で四つある。


「なんと……わしの負けだ。全部で50万で買い取ろう」





 行商人が背負っていた荷物の中は、夢と希望が詰まっていた。


「パンに麦、砂糖、バター、まあ卵まで!」

「おっとすまん、これはハーピーの卵だった。いかんいかん」

「まあ珍しい。こちらもいただきます」

「なんだあんたイケる口か」


 楽しい商談はあっという間に終わった。リゼットは20万ゴールドと引き換えに、行商人の持っていた食材をほぼすべて買い取った。


「良い取引ができました。ありがとうございます」

「こちらこそ。しかしユニコーンのコースターを知っておったとはなぁ……本物の貴族だったというわけか……」

「カナツチさんはおひとりでダンジョン内を回っているのですか?」

「ああ。ここは庭のようなものだからな」


 そう語る行商人の目には誇りと親しみ、そして優しさが浮かんでいた。

 こんな危険なダンジョンでも、ドワーフの行商人にとっては大切な生活の場なのだろう。


「すごい……ぜひ生き延びるコツを教えていただきたいです」

「それはまたの機会にな。それではわしはもう行く。死ぬではないぞ」


 行商人は荷物を背負い直し、お互いの無事を祈ったあと、リゼットたちが歩いてきた道を奥に進んでいく。地上に向かうのだろうか。


「これでおいしいものが食べられますね。レオンさん、早速食事にしましょう」

「君は本当にたくましいな」


 リゼットは嬉しくなって微笑んだ。それは最上の誉め言葉だ。


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