第16話 第三層の宝箱
リゼットはレオンハルトと共に階段を下りる。
第二層の水エリアから、第三層へ。
水の匂いは消え、景色は一転して石の迷宮となる。幸い、光る苔は健在で、明かりは必要なかった。
四角い通路で探索と戦闘をしながら進む。
途中で出会ったゾンビをフレイムアローで灰にして、リゼットはため息をつく。
いまので第三層に来てから何回目のモンスターとの遭遇だったか。今回もまた食べられそうなモンスターではなかった。
「先ほどから、出るのはレイスやゾンビやストーンゴーレムばかりですわね」
レイスは実体のない幽霊のモンスター。さすがに幽霊は食べられない。
ゾンビは腐った人間の死体。腐ってはいなくても食べたくはない。
ストーンゴーレムは石の自動人形。石は論外。
「第三層はそうだな。無機物やアンデット系のモンスターが多い。君の先制魔法のおかげで随分楽をさせてもらって申し訳ないやら情けないやら……」
「それは全然構いません。いままでもこうしてきましたから」
敵と出会えば先制で魔法攻撃。ダンジョンに入ってからずっとこれ一本でやってきた。リゼットのすることは変わっていない。
「でも気になることがひとつあって。私の【先制行動】、発動しない時がある気がするんです。クラーケンとか」
「それは……相手が先制無効化のスキルを持っているのかもしれないな」
「モンスターもスキルを?」
「もちろん持っているさ」
当然のように言われる。冒険者だけの特権ではないらしい。
「あとは、相手が先にこちらに気づいて待ち伏せしていたりすると発動しないのかもしれない」
「なるほど……」
ダンジョンとは、モンスターとは、一筋縄ではいかない存在だ。
「もし不意を突かれても俺が君を守るから、心配しないでくれ」
「はい、ありがとうございます」
レオンハルトの防御力は高い。スキルも強力だ。
だから戦闘事に関してはあまり心配していない。心配の種は他にある。
「心配なのは食材ですわ。いまは備蓄もありますが、このままでは栄養が偏るどころか……」
出会うのは食べられそうにないモンスターばかり。石をかじっても栄養は得られない。
最悪の事態を想像をしかけて、リゼットはふと思い出した。レオンハルトが蘇生魔法を使えることを。
「レオンさん、餓死も蘇生できるのでしょうか」
餓死状態で蘇生してもすぐ餓死しそうだと思いつつも問う。レオンハルトは困ったような顔をした。
「言っておくけど俺の蘇生魔法にはあまり期待しないでくれ。俺の蘇生魔法はごく簡単なものだ。失敗することもある」
「失敗するとどうなるのですか?」
「何回も失敗すると、灰になって蘇生不可能になる」
「灰……」
肉体が燃え尽きた状態――つまりは完全な死だ。
それならば死んだ瞬間に生き返って外に転送される、『身代わりの心臓』の方がよほど安心安全だ。
「なるほど。それで餓死は蘇生できそうですか」
「試したことはないけれど、多分俺では難しいかな。餓死は体内エネルギーを使い尽くしている状態だから、魔力なりなんなりで他からエネルギーを持ってくる必要がある」
レオンハルトは当然のように話すが、リゼットにとっては理解の範疇外の話だった。干からびるように死んでも他からエネルギーを持ってくれば生き返られるとか。
そもそもこの『身代わりの心臓』も、いったいどんな理屈で地上に戻って生き返るのか。
それこそ女神の奇跡なのだろうか。
歩きながら考えていると、行き止まりに当たった。
「仕方ない。来た道を戻ろう」
レオンハルトは手元の手書きの地図にメモをして、来た道を戻ろうとする。
「待ってください。レオンさん、宝箱があります」
通路の突き当りの片隅に、いかにもといった風情の宝箱が置かれていた。
「本当にダンジョンに宝箱があるなんて。私いまものすごく感動しています」
「あれはミミックだな。宝箱に擬態したモンスターだ」
「モンスター? あれがモンスター? どう見てもただの宝箱ですが」
「宝箱を見たらミミックと思え――ダンジョンの常識だ」
リゼットは通路に鎮座する、木と鉄でできた宝箱を見つめる。
古びた風合いも、わずかにも動かない姿も、重厚感も、どう見てもただの宝箱だ。
「……確かに常識的に考えて、宝箱がダンジョン内にあるのはおかしいですわね……」
ダンジョンで常識を語っても仕方がないとはいえ、いったい誰が何のために置いたのかという話にたどり着く。
普通に考えればトラップの一種だろう。宝が入った箱に命を奪うようなトラップを仕掛けて、引っかかった冒険者の命を奪うという性格の悪いトラップ。
いったい誰が何の目的でそんなものをわざわざ置くのか。本物にしろモンスターにしろ、近寄らないのが賢明だろう。
「ミミックはかなり強いモンスターだけど、近づかなければ襲ってこないから、無視をするのがベストだな」
「では、ダンジョンには純粋な宝箱はないのですか?」
リゼットよりも冒険者歴がうんと長そうなレオンハルトに聞く。
宝箱のないダンジョンなんて、あまりにもロマンがない。
「滅多にない。あっても宝は取り尽くされている。ミミックの中には基本的に宝があるんだけどね」
「それはどういう――あ、なるほど。わかりました。引っかかった冒険者の所持品ですね?」
レオンハルトの顔がぞっと青くなる。
「冒険者の持っていた宝石とか金貨や武器を、わざと食べ残しているのですね!」
「いや、その、人間をおびき寄せるためにキラキラしたものを体内に取り込む習性があるってだけの話で……いや、食べ残し説もありえなくはない……のか……?」
気を取り直すように首を横に振る。
「……まあそんなわけで、ミミックとわかっていても宝を取ろうとして、殺される冒険者は後を絶たない。だから労力に見合わない。割に合わないんだ。苦労して勝ったとしても、手に入るのは大抵価値のないものだから」
「わざわざ近づかなくても、遠距離攻撃で倒してしまえばいいのでは?」
「それをすると中の宝も壊してしまう危険性が高い。本末転倒だろう? 宝が目的なら、近づいて口を開かせるしかない」
中の宝が目当てなら、そうする他ないだろう。
しかしミミックはかなり凶悪なモンスターだとレオンハルトは言う。戦っても割に合わないと。しかしそれは、ミミックの中の宝が目的だったらの話――
「…………」
「……何か変なことを考えてないか」
「いいえ。私は、ミミックは食べられるのかどうかしか考えていません」
「変なこと考えてる……」
ダンジョンに於いて食料は何物にも勝る宝。
ミミックがもしおいしく食べられるモンスターだとしたら、ミミックそのものが最上の宝といえる。
そしてその宝が目の前にある。
「よし。中の宝は気にしませんので、魔法で遠くから倒してしまいますね。――フレイムランス!」
「どうしてそう思い切りがいいんだ――」
強力なモンスターなら強力な一撃で。
得意の火魔法の最大火力で、ミミックと思わしき宝箱を貫く。
魔法の炎は鎮座したままの宝箱を的確に貫くと、獲物を完全な消し炭に変えた。
溶けた金属――おそらくミミックが抱えていた宝だったものだけが、焦げ臭い匂いと黒い炭と共に、通路の隅に残った。
「……次は気を付けます」
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