第14話 レオンハルト


「たくさんありますから遠慮なくどうぞ。クラーケンのフリッターです。こちらはウォーターリーパーを揚げたものです」


 二人は緊張しているのかモンスターを食べることを恐れているのか、なかなか手をつけない。しかしレオンハルトが食べている姿を見て、まず戦士の方が動いた。


「…………ッ!」

「……う、ううぅ」


 回復術士が食べながら泣きだし、さすがにリゼットも慌てる。


「お口に合いませんでしたか?」


 水を渡しながら問うと、小さく首を横に振る。


「ちが……違うんです」

「ああ! すごくうまい! すごく……」

「はい、おいしいです。ただ、あの時の食事を思い出して……」

「ええっ? まさかクラーケンを食べたことが?」

「ない」


 レオンハルトが力強く否定してくる。


「あいにく普通のイカやタコだ。海辺の街でパーティを組んで、皆でエールやワインを飲んで宴をしたんだ」

「まあ。それは楽しそうですね」


 緑の瞳は遠い思い出を見つめる。


「ああ、楽しかったよ。このメンバーなら何でもできると思った」


 レオンハルトは自分の剣を手に取り、鞘に包まれた刀身をじっと見つめる。


「あの時から俺の決意は変わっていない。俺は必ずドラゴンを討伐する」


 力強い言葉には固い決意が込められていた。迷いはなかった。

 仲間に裏切られても、諦める選択肢を知っても、レオンハルトは目的を果たすことを選んだ。


「レオンハルト様……」

「レオンハルト、おれたちは――」

「俺はまだ、お前たちを許せたわけじゃない」


 レオンハルトの正直な言葉にふたりは怒られた子どものようにうなだれる。それだけのことをしたことは充分わかっているのだろう。


「だが、お前たちの立場もわからないわけじゃない」


 リゼットはウォーターリーパーをカラッと揚げたものを食べながら目を瞬かせた。


(あら)


 レオンハルトが置かれた状況を思えば、許せないのは当然だ。だがレオンハルトはふたりの立場や心情を思いやる懐の深さを見せた。

 頑なだった心がいつの間にか溶けている。

 二人を生き返らせたのも、その心境の変化からなのだろう。


「答えてくれ。どうして戻ってきた」

「……レオンハルトをこんな場所に一人で置いて行くのは忍びなかった」

「馬鹿だな。ヒルデまで巻き込んで」

「い、言い出したのは私です」


 レオンハルトは困ったように、小さく息をついた。


「……イレーネは?」

「イレーネ様はクラウス様と国に戻られました。サイは行方知れずです」

「そうか」


 そう答えたレオンハルトの横顔は、どこか寂しげであったが、吹っ切れたような晴れ晴れしさもあった。


「お前たちも国に戻れ。俺のことは、死んだことにしておいてくれ」


 涙ぐむ二人に、レオンハルトは笑いかける。


「これまでのこと感謝している」





 食事が終わると、ふたりは帰還魔法を使ってダンジョンから去っていった。レオンハルトにダンジョン内で必要な寝袋や生活用品、アイテムなどを渡して。

 消えていくふたりを見届けるレオンハルトの表情は、しがらみから解き放たれたようにすっきりとしていた。

 最初のころよりもずっといい顔をしている。助けたリゼットも嬉しくなるほどに。


 レオンハルトがエメラルドの瞳でリゼットを見る。


「色々と、ありがとう。何かお礼をできればいいんだが……」

「どういたしまして。その言葉だけで十分ですわ。では行きましょうか」

「……どこに」

「もちろんドラゴン討伐にです」


 リゼットは笑って答える。


「ギュンターたちと一緒に戻らないと思ったら……どうして君がその気になってるんだ」

「それはもちろん、ドラゴンステーキに興味がありますから」

「やっぱりそれか……」


 呆れ顔で言い、大きくため息をつく。


「――ドラゴン討伐の経験は?」

「ありませんわ」

「ドラゴンは六層にいる。その付近まで行ったことは?」

「お恥ずかしながら二層に来たのも初めてで」

「やっぱり、君を巻き込むわけにはいかない」


 あっさりと却下される。

 しかしここで引き下がるリゼットではない。

 ドラゴンステーキを食べてみたい。モンスターの頂点であるドラゴンのステーキを。


「レオンさんはドラゴンとは遭遇したのですか」

「ああ。だがそこまでで疲弊していて、逃げる羽目になった。準備を万全に整えて挑もうとしたところで、こうなった」

「ではやはり、いったん地上に戻ってパーティを組みなおします?」

「……それは……」

「死んだことになっている人がすぐに出てきたら、あの方たちにも迷惑がかかるかもしれません。ですが私なら、このままお付き合いできますわよ」


 リゼットは胸を張る。

 お買い得ですよと言わんばかりに。


「一人より二人の方が何かと効率的ですもの。ダンジョンは助け合いですわ。それに……」

「それに?」

「それに、レオンさんといっしょなら……新しいダンジョンの恵みと出会えそうな気がしますの!」


 それは確信に近い予感だった。

 レオンハルトは第六層まで行ったという。リゼットの知らない場所を、モンスターを、食材を知っている。


 リゼットはこれ以上なく乗り気だったが、レオンハルトの表情は晴れない。どうやって断ろうかと考えている顔だ。


「レオンさん、私のステータスを見てもらえません?」

「……ステータスはそう軽々と人に見せるものじゃない」

「私の実力を知ってから、この先のことを考えた方が建設的でしょう」


 満面の笑みで身分証を渡す。


 ――リゼット。


【貴族の血脈】【先制行動】

【火魔法(中級)】【水魔法(中級)】

【浄化魔法】【結界魔法】

【魔力操作】【鑑定魔法】


 レオンハルトはカードを見て考え込んでいる。


(ひとまずは合格かしら)


 話にならないのならすぐさま却下されるはずだ。そうされないのは、考慮する余地があるからだろう。

 それでも悩んでいるのは、単純にリゼットが信用されていないからだろう。


 レオンハルトは苦楽を共にした仲間に裏切られて死にかけたばかりだ。ダンジョンで会ったばかりのリゼットを早々に信用はできないのだろう。


「私、お金が必要ですの。ドラゴン素材の分け前をいただけたら、少しは返済できそうなのです。ご一緒させてください」


 無償の親切なんて信用できるはずがない。

 信用を得るにはやむを得ぬ事情を明かすしかない。


 もちろんリゼットにも打算はあった。


 リゼットはこのダンジョンをもっと知りたい。

 だがこのままダンジョンに一人で潜り続けていると、いつか限界が来るだろう。罠もあるだろうし、手強い敵も増えてくるだろう。


 しかしリゼットが地上で仲間を集めようとしても、おそらくはうまくいかない。

 その点、レオンハルトは信頼できそうだった。リゼットが誠意をもって接する限り、こちらを裏切ることはきっとない。


「……危険だと思ったらすぐに撤退する」

「もちろんです」


 身分証を返され、レオンハルトの身分証を渡される。


 ――レオンハルト・ヴィルフリート。


【竜の血】【物理強度上昇(大)】【直感】

【騎士剣(上級)】【聖盾】

【回復魔法(中級)】


 見るだけで強いとわかる。まさにパーティの壁役であり要だ。

 しかも回復魔法の使い手。

 スキル【竜の血】の詳細だけは鑑定でも見えなかった。かなり特別なものなのだろう。


「さすがお強いですね。これからよろしくお願いします。レオンさん」

「こちらこそ」


 身分証をレオンハルトに返す。見せてくれたことに感謝しながら。


「ところでこれ、クラーケンの中から出てきたのですが、どうしましょう」


 琥珀色に輝く魔石を見せる。クラーケンを解体中に出てきたものだ。


「ああ……これはエリアボスの証だ。これで次の層に行ける。俺はもう取ったことがあるから、君が持っていればいい」



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