第12話 元仲間との再会と死


「この扉、俺の残っていた魔力では、足りなくて開けられなかったんだ」


 地上に戻るために、まずは隔離されたエリアから外に繋がる扉の前に戻る。

 入ってきたときと同じように魔力の注入が求められ、リゼットは扉に手を触れ、魔力を流し込む。扉はあっさりと開いて、海水の匂いが流れ込んでくる。


「あっ」


 水面にはまだ氷がほのかに残っているが、ほとんどが溶けて海の一部となっている。その水面の上を歩いてこちらに向かってきている、戦士の男性と回復術士の女性の二人組パーティと鉢合わせした。


(水面を――歩いている!)


 リゼットは驚いた。


(そんな魔法が? それともスキル? 確かにあれなら滑らないからいいのかも。でも氷にはモンスターの奇襲を防ぐ効果があるし……)


 対抗心が燃える。

 魔法について詳しく聞いてみようかと思ったとき、やけに空気が張り詰めていることに気づく。


「ギュンター、ヒルデ……」


 ピリピリとした緊張感の中に、レオンハルトの声が低く響く。


(レオンさんの知り合い?――あっ)


 ――思い出した。

 冒険者ギルドでレオンハルトと共にいた仲間のうちの二人だと。つまりはレオンハルトを見捨てていった仲間のうちの二人だ。


「死体を確認しに来たのか? それとも、俺にとどめを刺しに?」


 レオンハルトは呆れと諦めの入り混じった表情で笑う。

 問われても、二人は返事をしない。

 悲壮感と強い決意に溢れた表情で構えられた剣が、杖が、答えだった。


「そうか」


 何もかもを受け入れたようにレオンハルトは剣と盾を構えた。


「ちょっ……ちょっと、皆さん落ち着いてください」


 リゼットは慌てて止めに入った。相手はモンスターではない。話が通じる人間相手――それも仲間だったのにこんな暴力で解決しようだなんて。

 しかしどちらも武器を収める気配はない。

 一触即発。

 緊迫した空気が立ち込める。


「ああもう――フレイムバースト!」


 火魔法を水面下で爆発させる。

 巨大な水柱が立ち上り、戦士と回復術士の上に降り注ぐ。辺り一面に水の煙幕が発生し、視界不良となる。


「凍れ!」


 氷の道をつくり、レオンの腕を引いた。


「レオンさん。こっちです」


 空気中の水分が冷え、深い霧が立ち込める中をレオンハルトの腕を引いて逃げる。

 石造りの通路に辿り着くと、背後の氷を溶かして道を消す。耳を澄ませてみるが、追ってくる気配はない。このまま諦めてくれればいいのだが。


「リゼット、君はいったい……それにこの魔力量は――」

「そんなことより。事情があることは察しますが、ダンジョン内で人間同士で争うのはダメです」

「ああ。ルール違反なのはわかっている」

「えっ? そんなルールが? いえ、ルール以前に危険です。ここはモンスターの巣窟なんですよ」


 リゼットよりもレオンハルトの方がよくわかっているはずだ。


「あの二人は俺を確実に殺すつもりだ。殺らなければ殺られる」

「そんな……何か事情があるかもしれないですし。そう、例えば家族や仲間が人質を取られているとか」

「…………」

「いえだからと言って許されることでもないのですけれど」


 その時、ダンジョンの奥から女性の悲鳴が響く。

 リゼットとレオンハルトは顔を見合わせた。


「凍れ!」


 悲鳴のした方向に向けて、一直線に氷の道を敷く。

 駆けつけた先にあったのは、赤く染まった血の海――が凍ったものだった。

 そして氷の上に浮かぶ二つの死体を半魚人が持ち帰ろうとして凍っていた。

 レオンハルトの剣が四体の半魚人の首を切り落とす。一瞬のことだった。


「この傷……不意打ちでウォーターリーパーにやられたのか……」


 周囲のモンスターの気配がなくなってから、二人の死体を見つめてレオンハルトが呟いた。

 二人とも首の頸動脈を切られている。そして心臓を貫かれている。

 ウォーターリーパーのヒレの刃になっている部分で首を切られて、治す間もなく半魚人の槍に心臓を貫かれて死んだのだろう。


 リゼットはぞっとした。

 二人とも初心者ではない。

 歴戦の戦士でも一瞬で殺されることもあるのだ。モンスターの恐ろしさをあらためて思い知る。


「……レオンさん?」


 二人の死体を見つめたまま動かないレオンハルトに声をかける。


「……どうして帰還アイテムも復活アイテムも持っていないんだ……」

「…………」


 リゼットは死ぬと帰還するという『身代わりの心臓』しか知らないが、確かにそのようなアイテムを持っていれば発動しているだろう。しかし死体は死体のままだ。帰還する気配もない。


 とどめを刺しに来たのだとすればあまりにも備えが甘い。返り討ちになるのを考慮していなかったか、あるいは――


(レオンさんを殺して、自分たちも死ぬつもりだった? いやそんなまさか)


 もしそうだとしたら、覚悟する方向が間違っていると思った。

 不器用な人たちだと思いながら、リゼットは回復術士の死体を氷の上から床の方へと移動させる。このまま放置しておけば氷が溶ける。二人にかかっている水面を歩く魔法が消えれば、完全に水の底だ。


「リゼット、何を――」

「私は蘇生魔法は使えません。でもこうしていれば誰かが見つけてくれるかも」


 街では回収屋の存在も見かけた。冒険者ギルドには死体回収の依頼も出ていた。つまり死体の回収と蘇生が産業として成り立っているということだ。

 水の中に沈んでしまえば海の藻屑となってしまう。水中モンスターの格好の餌食だ。

 死体さえ残っていれば、運が良ければ誰かが助けるはずだ。


「…………」


 女性を運び終わり、今度は戦士の男性を運ぼうとしたとき、レオンハルトが戦士の死体を動かして回復術士の隣に並べた。


 そのとき、足元の遥か下――深い場所で、不穏な気配が蠢いた。

 パキ……パキ……と、氷が割れる音が段々と大きくなっていく。そして一面に大きくヒビが入ったかと思うと、下からの力によって破られ、氷のかけらと海水ともに、巨大な生物の一部が姿を現す。


 リゼットは最初それを巨大な蛇かと思った。

 その表面には丸く平たいイボがたくさん並んでいる。そしてそれは一本だけではなかった。何体もぐねぐねと同時に蠢いて、半魚人の死体を巻き取り、沈めていく。


「クラーケン?!」


 レオンハルトが驚きの声を上げたその瞬間、大量の黒い液体が噴き出される。

 レオンハルトがリゼットの前で盾をかざす。


【聖盾】


 盾から光の壁が作り出される。

 魔力を帯びた光の防壁は、降り注ぐ黒い液体を受け止め、弾いた。



【鑑定】クラーケン。海に棲む巨大な軟体生物。八本の足と二本の腕で獲物を捕らえ海中に沈める。



(巨大イカ!)


「どうしてこんな浅層に大物が……リゼット。ここは俺が食い止める。君は逃げてくれ」

「まさか。仲間を置いて逃げたりしません」


 即席の仮パーティでも仲間は仲間。

 それに。


(イカなんて、イカなんて……絶対おいしいに決まってる!)


 スープだけではリゼットの胃は満たされていなかった。




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