第11話 俺でよければ


 つくったスープを完食し、リゼットはあたたかい息を吐いた。おなかの奥がぽかぽかする。氷の上での探索は、思っていたより体温を奪っていたようだ。


「助けてもらってこんなことを言うのは悪いと思うけれど……モンスターを食べることになるとは思わなかった」

「新しい扉を開いたのですね」


 リゼットが片付けをしながら笑うと、レオンハルトは少し困ったように笑った。

 しかし、モンスターを食べないのなら、ダンジョン内では何を食べているのだろう。素朴な疑問だった。

 外から持ち込んだ携帯食料だけでは栄養不足になりそうだし、持ち込める量にも限りがある。長期間の探索はできそうにない。


「君もパーティからはぐれたのかい?」

「いいえ、私は誰ともパーティを組んでいません」

「まさか一人でダンジョンに?」


 レオンハルトは驚いている。

 そんなに珍しいことなのだろうかとリゼットは思った。


「私のことはともかく。レオンさんは仲間の方とはぐれてしまったんですね。よかったら探すのを手伝いますよ」


 リゼットは冒険者ギルドでレオンハルトに助けられた恩がある。向こうは覚えていないようだが。

 レオンハルトの無事を見届けるまでは手助けをするつもりだった。


「いや俺は……」


 レオンハルトの表情が曇る。

 話したいようなことではないのだろう。


「答えにくいことなら話さなくていいですよ」


 リゼットも興味はあったが、それはただの好奇心だ。人の秘密を無理やり暴く趣味はない。


「これからどうします? 探すのか、戻るのか、進むのか。まだ本調子ではなさそうですから、回復するまで考えておいてください。私もここで少し休みますので」


 暖を取るために火を大きくする。

 魔法の火が地面の上でゆらゆらと揺らめいた。美しい赤い炎だった。

 しばらく静かな時間が流れる。


「……くだらない話だ」

「はい」

「……仲間は、俺の目的に付き合ってられないと言って去っていった」

「まあ」

「君には感謝している。君が見つけてくれなければ、死体も朽ちて蘇生もできなかっただろう……こんな浅い層で情けないが」

「いえ、お互い様ですから」

「…………」


 レオンハルトは黙って炎を見つめている。

 感情を失ってしまったような表情の下で何を考えているのかは、リゼットにはわからない。


「レオンさんの目的を聞いてもいいですか?」

「……ドラゴンの討伐だ。俺の家は、ドラゴンを討伐しなければ一人前と認められなくてね」

「マッスルな家風ですのね」


 ドラゴン討伐が成人の儀とは、かなりの豪の一族だ。そしてかなり上の身分の一族だろう。外の国の貴族だろうか。

 冒険者ギルドでいっしょにいた仲間は部下だろうか。

 そんな身分の人間がどうして浅い層の隠しエリアでひとりで死にかけているのか、複雑な事情がありそうだ。


 本当によっぽど無茶な冒険をしていたか、何かトラブルがあったのだろうか。メンバー全員がレオンハルトをリーダーとは認められないという結論になって、捨てていったという可能性もあるが。


(もしくは陰謀……これが一番ありそう)


 リゼットには詳しいことはわからないし、これ以上聞き出すつもりもない。リゼットの関心はもっと別のところにあった。


「ドラゴン……」


 モンスターの――否、生物の頂点。


「やはり鉄板はドラゴンステーキでしょうか」

「何の話だ」

「いえ、お気になさらず」

「……牙や鱗や骨目当ての冒険者はよくいるけれど、肉を食べようとしている人は初めて見たよ」


 レオンハルトは呆れているようだったが、少しだけ楽しそうだった。


「そんな家風なものだから地元のドラゴンは絶滅寸前でね。ドラゴンが出るダンジョンを探してここまで来たんだ」


 マッスルな一族である。


「ドラゴン討伐目的なら、地上に戻ってパーティを組みなおせばいいだけの話じゃないですか? レオンさんならすぐにメンバーが揃いますよ」

「どうかな。装備品以外はほとんど全部奪われたから、再起には時間がかかるだろうな」


 そこまでするのかと思った。

 ダンジョン内でのその仕打ちはあまりにも殺意が高い。パーティメンバーの誰かが止めなかったのだろうか。


 仲間に裏切られ、すべてを奪われて、孤独の中で飢餓感に苦しみ、死に瀕する――

 どれほどの絶望を味わい、どれほどの傷を負ったのだろう。

 ――リゼットは心の傷の癒し方は知らない。

 気の利く言葉も思い浮かばず、前で揺らめく炎をただ眺める。


「では、諦めましょう。ドラゴン討伐」


 口から零れたのはそんな言葉だった。

 レオンハルトは短く息を飲み、喉の奥で乾いた笑いを発した。


「簡単に言ってくれるんだな……」

「私は部外者なので勝手なことを言います。そんなことくらいで認めてくれない家は捨ててもいいと思います」


 リゼットも家を捨てた。正確には捨てられた側だが。

 捨てられてわかったのだ。あんな場所に固執していた自分がどうかしていたと。離れてみれば光り輝いていたように見えた宝石も、ただの石ころに変わる。


「……そんなこと、考えてもみなかったな」

「選択肢は多いに越したことはありません。大丈夫。人間ご飯を食べて、適度に休んでいれば、なんでもできるものです」


 ダンジョン生活で得た教訓である。


「とりあえず、体調が戻ったら地上まで歩きましょうか。レオンさん。ダンジョンから出るまでの間、私とパーティを組んでいただけますか」

「俺と?」

「私、誰ともパーティを組んだことがないので練習させていただきたいんです」


 リゼットの提案に、レオンハルトは少し戸惑いながらも答えた。


「……俺でよければ」


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