第8話 清らかなるユニコーン


「うーん、よく寝た! さすがオススメの寝袋」


 ダンジョンには朝も夜もないが、人間には睡眠が必要だ。【結界魔法】の中で寝袋に入って眠ったリゼットは、清々しい気分で目を覚ました。

 目の前には眠る前と同じ景色が広がっている。森の中の池の近く。背丈の低いふかふかの草のベッドの上。空は変わらず青い。


「さて。ダンジョンの恵みをおいしくいただくことにするとして、肉ばかりでは栄養が偏る……やはり野菜か果物がいるわね」


 寝袋を片付け、出発の準備をしながら考える。

 祖母から食べられる植物のレクチャーは受けているがここはダンジョン。外の常識は通用しないと思ったほうがいい。

 実を見ても植物系モンスターの罠と思ったほうがいいだろう。


「とりあえず、まずは行動。森の深部へ向かってみましょう」


 荷物を背負い、森の奥の探索に向かう。散歩に行くような気分で。平和な時間だった。平和すぎるほどに。

 森の中を歩きながらリゼットはふと気づいた。今日は一度もモンスターに出会っていないことに。いつもうようよと湧いてくるスライムも、飛び掛かってくるカエルも、飛んでくる昆虫も、いない。


(もしかして、レベルが上がったからモンスターに避けられている?)


 もし本当にそうだとしたら由々しき問題だ。食料が得られなくなれば、ダンジョン生活に終止符を打たなければならない。

 モンスターに逃げられないようにするため、できるだけ気配を殺すことにした。こうなればもう野生動物の狩りとなってくる。そのうち罠猟とかも考えなければならないかもしれない。


 息を潜めて静かに森の中を歩いていると、自分の発したもの以外の物音がした。

 木の陰に身を隠してそっと覗いてみると、森の奥に人影が見えた。


 冒険者か、モンスターか。

 見極めるために更にじっくりと見る。そしてそれが人間ではないことに気づく。人型をしているが、表面にびっしりと茶色いキノコが生えていた。


(あれはたしか、マイ……マイ……)


 記憶を必死に掘り起こす。このようなモンスターがいることを祖母に聞いた覚えがある。


(そうよ、マイタケニド! 茶色いマイタケニドは踊り出したくなるほどおいしいっておばあ様がおっしゃっていたわ!)


 正しくはマイコニドだがいまのリゼットは自分の考えに疑問を挟む余地もない。そのため【鑑定】することもない。


【先制行動】【火魔法(中級)】【魔力操作】


「フレイムランス!」


 飛び出すと同時にマイコニドに向けて炎の槍を炸裂させる。大きな槍はマイコニドを中心から貫き、倒した。


「ああ、あ……なんて香ばしくていい匂い」


 マイコニドに駆け寄って、表面に生えているキノコを採って麻袋に入れていく。念のためマイコニドの奥の方も見てみたが、菌床となっているのは古びた木の幹だった。おそらく倒木だろう。生物が菌床になっているわけではなくて安心する。


「こんなにたくさん食べきれないわね……軽く干して保存食にしましょう」





 キノコの回収後再び探索を進めていくと、また別の泉に辿り着いた。

 綺麗な水辺だった。水は透明で透き通っていて、飲用にもできそうだった。

 リゼットが泉の周囲を歩いていると、奇妙な岩を発見する。鋭い爪を研いだかのように、いくつもの筋状の傷と白い粉が浮いた岩だった。


(モンスターが角や爪を研いでいるのかしら)


 岩の傷はまだ真新しい。近くにそのモンスターがいるかもしれない。

 警戒しながら探索を続けると、同じ種類の草がびっしり生えている場所を発見する。

 深い緑色の葉に、少し赤みのある茎。見覚えのある草だった。


(……これはもしかして毒消し草の群生地?)



【鑑定】毒消し草。



 毒消し草なら人体に有害なことはないだろう。そう思ってひとつ取って、浄化魔法をかけて食べてみる。


 葉は薄い。千切るとパリパリとしていて、噛むとシャキシャキ感が楽しい。少し苦いが、これはこれでおいしかった。


「うーん新鮮そのもの……サラダやスープにも使えそうね」


 おいしそうなものを選んで収穫していく。他の草が混じらないように気をつけながら。そして全部取らないように気をつけながら。

 本当なら畑にしてしまいたいほどだが、次もこの場所に来られるかはわからない。次の冒険者のことやダンジョン内の循環のことも思って、取りすぎないようにする。


 熱心に収穫していたとき、ふと視線を感じて顔を上げる。

 一頭の立派な白馬が、泉のほとりに佇んでいた。


(なんて綺麗な馬……)


 あまりの美しさに思わず見とれてしまう。

 真っ白な毛並みは光を受けてきらきらと輝き、神々しささえ感じる美しさだった。

 しかしいくら美しくても、ダンジョン内の動物はほぼモンスター。

 額から生えた角は、先が鋭く研がれていて凶悪なまでに尖っている。何人も倒してきた槍のようだ。もしかしたらあの岩で研いでいるのだろうか。あれに刺されれば鎧も貫かれるだろう。

 それに、太い脚の立派な蹄で蹴られればひとたまりもない。



【鑑定】ユニコーン。額から一本の角が生えた馬モンスター。非常に勇敢で獰猛。清らかな乙女の膝でのみ眠る。



(なにそれ!)


 最後の一文に心の中で叫ぶ。清らかな乙女とは。その定義とは。どのみちユニコーンが気に入らなければ蹴り殺されるか、あの角で突き殺されるかの二択だが。


(どちらもいやーっ)


 リゼットは動揺しながらも、それを悟られないようにゆっくりと立ち上がる。

 ユニコーンと目が合い、静かに見つめ合う。

 ユニコーンは獰猛さなど微塵も感じさせない穏やかな様子でゆっくりとリゼットの元へ寄ってくる。

 心が通じ合ったかのような感覚を覚えた。


「フリーズランス!」


 鋭い氷の槍がユニコーンを真上から貫いた。

 ――ダンジョンは弱肉強食。隙を見せれば殺される。





「それにしても立派な馬ね。この角も本当に立派」


 解体と鑑定を進めながら感嘆の息をつく。



【鑑定】ユニコーンの角。毒や水を清めることができる。



「まあ素敵。料理やマドラーに使えそう」


 水をきれいにしたりモンスター毒の除去ができるなら料理の安全性が高まる。いま一番危惧すべきは食中毒だ。


「渇水地域でも使えそうね。きれいな水が飲めればどれだけ人が助かるか……これは大切にしないと」


 杖に加工して、肌身離さず持ち歩こうと決める。


「さて、馬といえば馬油。なるほど……たてがみの下から脂が取れるのね。石鹼やヘアオイルとかに使えるかも? 食用油にもなるかしら」


 脂の部分を切り取って、大きめの葉っぱを巻いて保管する。

 その後に肉を切り取っていくが、馬一頭分というのはかなりの量だった。とても一人で食べきれるような量ではない。アイテム鞄にもどれだけ入れられるだろうか。

 もったいなくはあるが、食べきれる分と保存食にする分の他はダンジョンへ帰すしかない。きっと他の生き物の糧になるだろう。


 おおよその解体が終わり、食事の準備に移る。

 肉を包丁で薄く切り、一口大にしていく。

 火をつけてその上にフライパンを置いて、熱されたフライパンに馬の脂を一片。あっという間に脂が溶けた。

 肉に塩と香辛料をまぶし、キノコと毒消し草といっしょにさっと炒める。


 そうして、ユニコーンの肉野菜炒めができあがる。


「いただきます」


 一口食べるとリゼットの頬が紅潮し、目元が緩んだ。


「とろける……おいしい……」


 ユニコーンの肉はとろけるような舌触り。毒消し草が肉の臭みを消してくれている。

 キノコは肉の油をよく吸いながらも、香り高さと歯ごたえを失っていない。


「絶品……まさに絶品ですわ」


 リゼットは夢中で食べた。薄っすらと涙を浮かべながら。こんなおいしいもの、貴族時代でもあまり食べたことはない。

 そしておいしいだけではない。身体の内側から熱くなって、生きる力が湧いてくる。


「ふぅ……ごちそうさまでした」


 肉野菜炒めを完食し、リゼットはダンジョンの恵みに深く感謝した。




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