第7話 ダンジョン暮らしは快適です
ダンジョンは生きている。
生きて、常に形を変えていく。
同じ入口から入っても、前回とは別の場所に出る。風景の印象だけは変わりがないが。
今回もリゼットの前に広がるのは森の景色だった。今回は前回よりも森が浅い場所なのか、光がたくさん差し込んでいた。
リゼットは第一層をぐるりと探索する。やわらかい土を踏みしめ、巨大な昆虫やスライム、カエルを先制攻撃魔法で燃やしながら。
そして少しずつダンジョンというものを理解していく。
ダンジョンの中にはおそらく一日という概念がない。いつまで経っても暗くならず、空は青いまま。夜がないのだ。
時間が不規則になりそうなことはデメリットだと思った。
「そろそろ食事にしようかしら」
空腹感を感じて呟く。
頭を燃やしたカエルのモンスターを眺めながら。
ちょうど水場――池も近くにある。池からモンスターが出てくるのも警戒して、森と水場の境目あたりの日当たりのいい場所で、リゼットは調理をすることにした。
食材は前回と同じカエルだが、今度は購入した調理器具でしっかり調理することにする。
目的はモモ肉。脚の部分を包丁で落とし、捌いていく。
(うん。きれいなピンク色)
取り出したモモ肉に塩と香辛料で下味をつけて、フライパンに入れる。地面に魔法の炎を置き、その上にフライパンを置く。
熱されてきたフライパンでじっくり焼き目をつけて、蓋をして火を弱め、じっくり中まで火を通す。
「そろそろできたかしら」
蓋を開けると、蒸気と香りが漂う。
「うん、おいしそう。いただきます」
やけどをしないように気をつけてナイフとフォークで肉を切り分ける。
一口大に切った肉を、ぱくりと食べて、噛みしめる。
(やっぱりおいしい〜)
溢れ出す肉汁に頬が緩む。塩と香辛料もいい仕事をしている。肉を食べる手が止まらない。
「淡白で臭みがない……水がいいのかしら。それになんだかパワーがみなぎってくるような……」
身体の内側から、魔法を使って減った魔力が湧いてきているような気がした。そして生命力も。
そういえば、前回の探索で空飛ぶ巨大ウニ――おそらく第一層のボスを倒したときも力がみなぎっていた気がする。
「もしかしてモンスター料理には回復効果や身体や魔力を強化する力がある……とか?」
だとしたらモンスター料理はダンジョン探索にも非常に役に立つ。
「ごちそうさまでした。これは実験と調査を進めていかないと」
リゼットは楽しくなってきた。子どもの頃のようにわくわくした。目の前に広がっていく未知と可能性の世界に。
いまのリゼットには地上よりもダンジョン内の方がよっぽど魅力的だった。ここには自由がある。罰金5000万ゴールドには縛られているけれど。
ダンジョンの中の世界は、上の世界よりよほど静かで安全できれいだった。もう戻りたくないと思うほどに。
リゼットを尾行していた存在も気になる。
(教会関係者でしょうけれど……)
もしくは噂を聞いた人々。
リゼットはため息をついた。
(メルディアナは私をダンジョン送りにしただけでは気が済まないのかしら……聖痕を奪って、聖女として讃えられてもまだ足りない?)
家に引き取られた父の隠し子――純真無垢で可愛らしかった少女は、可愛らしい姿のまま少しずつ本性を表し始めた。
「お姉様ばかりずるい」
そう言ってリゼットのものをなんでもねだった。
最初はドレスだった。続いてアクセサリーや部屋の小物。部屋の家具に、専属メイド。
渋ろうものなら父親からひどく怒られた。
そしていつの間にかリゼットの部屋には生活に必要な最低限のものしか残らなかった。
次にメルディアナが欲しがったのはリゼットの婚約者である公爵家の嫡男だった。顔立ちがよく、自らの権力を確固たるものにすることに熱心な男だった。
しかし侯爵家の血を引いていないメルディアナには、次期公爵の婚約者になる資格はない。
だがメルディアナは次期公爵に明らかに好意を抱いていた。
次期公爵は人目をはばからずメルディアナと会い、プレゼントを贈っていた。未来の義妹との交流としてはいささか親しすぎるほどに。
そして最後に、リゼットの身体に現れた聖女の証である聖痕を欲しがった。
禁忌とされる黒魔術師のダークエルフをどこからか呼んで、禁術によってリゼットから聖痕をはぎ取り、メルディアナの身体に移植した。
そうしてメルディアナが聖女となった。
リゼットの婚約者もリゼットと婚約破棄をし、メルディアナと婚約した。
元々はリゼットの身体に聖痕が現れていたことは誰も覚えておらず、黒魔術師も行方不明になった。
リゼットは聖女を侮辱し心を傷つけたという罪でダンジョン送りになって、いまのこの状況がある。
(何もかも、メルディアナの思い通り)
メルディアナはこの世界の女王様だ。
リゼットにとっては、上の世界はもう戻りたくもない場所になっていた。
「――そうよ。出なければいいじゃない!」
地上に戻りたくないなら戻らなければいい。
ダンジョンで生活は不可能ではない。
リゼットはさっそく余っていたスキルポイントでスキルを取得していく。
【鑑定】【浄化魔法】【結界魔法】
「よし、しばらくはこれで生きていけるはず。当分出なければ少しはほとぼりが冷めているでしょう」
スキルの【浄化魔法】があれば不衛生に泣くことはない。【結界】があれば安心して眠ることができる。わからないことは【鑑定】で知識を得ることができる。
いわばダンジョン生活に必須のスキルたちだ。
「あら? 新しい魔法も取得してるみたい。【水魔法(初級)】……レベルが上がったときに取れたのかしら……炎よりも扱いやすくはありそうね……」
ちらりと、カエルの残りの方を見る。
「凍れ」
魔力を注ぐとカエルの残骸が氷の塊に包まれる。ひんやりとした冷気がふわりとリゼットの肌に触れた。
「なるほど。水全般、氷もいけると」
氷の塊を池の中に落とす。氷が溶ければ水中のモンスターたちの餌になるだろう。
「次は【浄化魔法】――」
汚れている手を見つめながら【浄化魔法】をかけてみると、汚れていた手が洗ったばかりのようにピカピカになった。身体と服にもかけてみると、入浴後に洗濯したばかりの服を着たかのようにきれいになる。
「す……すごい!」
これまでで最も大きい感動だったかもしれない。
次に【結界魔法】を試してみると、リゼットを包み込むように透明な壁が現れる。軽く叩いてみると、硬いが弾力がある感触が返ってきた。
解除を念じると、壁も消える。
「うん、これなら安心して眠ることができそうね」
ひとまず憂いは消えた。ダンジョン内での生活が現実味を帯びてくる。貴族時代――特に十代になってからはできなかった自由な生活が。
――自由。
なんて甘美な響きだろう。
聖女として認定されていれば、こんな自由は一片もなかったかもしれない。
(……メルディアナはだいじょうぶかしら)
喜びと共に、ふとそんな思いが浮かんだ。
これだけの仕打ちを受けてもやはり家族は家族。妹は妹。気にならないと言えば嘘になる。
聖女は女神の力の器だ。
民からは尊敬され、王や教皇――権力者から尊重されど、人間扱いはされていない。
価値があるのは聖女本人ではない。そこに降りてくる女神の力の方だ。
そのため聖女は、その人格が権力者にとって扱いにくかったり、奇跡の力が弱まれば消される。
聖女が死ねばまた新しい聖女がどこかに誕生することもあり、不出来とされて闇に葬られた聖女は稀にいる。
(まあ、あの子ならうまくやるでしょう)
聖女が力を失うなんてことは滅多にない。それにメルディアナは要領がよく世渡り上手だから。
リゼットはもうなんの憂いもなくダンジョン生活を楽しむことにした。
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