第9話 第二層は水エリア


「……そろそろ一度引き上げてみましょうか」


 リゼットがそう思ったのは、ダンジョンに入ってかなり時間が経過してからだった。

 時間の感覚はあやふやだが、既にかなりの時間ダンジョン内で過ごしているはずだ。少なくとも二十日ほどは。


 あまりにもダンジョンから出てこないので、地上ではもしかしたらリゼットが死んだことになっているかもしれないと、楽観的に考える。


 換金できそうな素材もかなり集まった。

 このあたりで一度地上に出て、ゴールドの入手と情報収集、必要な物資の購入をすることにする。


「よし、最後に第二層をちらりと見てから戻りましょう」


 そう決めて下に降りる階段を探して歩き出すと、階段はすぐに見つかる。まるでリゼットが望んだからこそすぐそこに発生したかのように。

 今回は空飛ぶ巨大ウニは近くにいない。それを少し残念に思った。


(そういえば結局一度も他の冒険者には会わなかったわね)


 次の層に行けば誰かに会うだろうか。

 期待よりも不安を抱えながら、そして未知なるダンジョンに胸をときめかせながら、リゼットは階段を下りた。





 ダンジョンの第一層は森エリアだったが、第二層は雰囲気が変わる。地面は土ではなく石造りで、頭上に空はなく天井があり、エリアの大部分が水に満ちていた。

 まるで地下水道の中だ。

 幸い、いたるところに生えている苔から光が発生していて、明かりが必要ないぐらいだった。


「ここまでがらりと変わるものなのね……いったいどうなっているのかしら」


 水面を覗き込んでみる。

 透明度は高い。魚が泳いでいる姿も見えるが、底は見えない。もしかしたら想定以上に深いのかもしれない。そして塩辛いような、独特な匂いがした。



【鑑定】海の水。塩分と微量の金属とエーテルを含む。



「海水……? どうして海水がこんなところに」


 ダンジョンは山間にある。海ははるか遠くだ。こんなところまで海水を引いてこられるはずがない。つまりはダンジョン内で海水がつくられていることになる。


「ダンジョンは本当に別の世界なのね」


 リゼットの肩が震える。感動した。

 一瞬様子を見て戻るはずだったが、もう少し詳しく見ていくほうがいいだろうと自分を説得して通路を奥に歩いていく。


「それにしても足場が悪いわね……海藻とか生えていてヌルヌルする……横からいきなりモンスターが現れそうだし……そうだ!」


【水魔法(初級)】【魔力操作】


「凍れ!」


 あたり一面、目に見える範囲の水面が凍りつく。氷は厚く、試しに足を置いて、続いて両足で立ってみたが割れる気配はない。


「よし、大成功!」


 これで道なき道も進める。

 浮かれて進もうとしたリゼットの足元の氷に、魚が凍りついて張り付いていた。

 初めて見る魚だった。ヒキガエルのような顔をしていて、エラがとても発達している。まるで翼のように。



【鑑定】ウォーターリーパー。エラが刃状の魚。水面を飛ぶように泳ぐ。獰猛で殺傷力が高い。



 その近くの氷からは、大きい魚の頭が三つ、突き出していた。しかもその魚たちは手に槍を握っている。



【鑑定】半魚人。人型に進化した魚類。手先が器用で非常に凶暴。武器を扱い集団で狩りをする。



(凶暴だの獰猛だの、さすがはモンスター)


 いまは首から下が凍りついているが油断は禁物。


「フレイムアロー!」


 やや離れた場所から火魔法を放つ。

 相手が水辺のモンスターだからか火魔法の効果は高く、火の矢が半魚人に刺さると大量の蒸気を出して丸焼き状態となった。


「…………」


 こんがりと焼けた半魚人を見て、リゼットは複雑な気持ちになった。

 さすがに人型のモンスターは食べる気にはなれない。

 半魚人のことを微塵も人間だとは思わないが。魚類のモンスターとしか思えないのだが。


(……人間を連想させるから?)


 その姿かたちが。道具を使うことが。

 まるで人間のように感じるからこそ、心が拒否感を示すのだろうか。

 ――それでも、空腹で死にそうになればきっと食べるのだろう。生きるために。

 食欲というのはそれだけ強い。





 氷の地面が溶けかけてくると魔法で凍らせるを繰り返し、リゼットはどんどん奥へ進む。

 凍らせる度にレベルが少しずつ上がっていっているのは、モンスターを一緒に凍らせてしまっているからか。

 どこまで行ってもあるのは水と石壁と石の道だけで、森のような多様性はない。


(水の中に行ける魔法があればもっと色んな姿が見られるのかしら。でも水の中だとさすがに魚類モンスターには遅れを取りそうね)


 水中で半魚人に勝てるとは思えない。

 ウォーターリーパーにも。おそらく一瞬で殺される。


 気を引き締めつつ足場に注意して更に奥へ進む。無謀とわかっていて進むのは、「死んでも大丈夫」というお守りがあるからだ。錬金術師からもらった『身代わりの心臓』が。

 それが危険な命綱だとわかっていても、探究心を止めることはできない。


 そして奥に進むうちに、リゼットは奇妙な扉を発見した。通路から繋がっていない、水面に浮かぶようにある扉を。


(隔離された部屋……あやしい。隠しエリアということ?)


 扉には古代文字が紋様のように刻まれていた。リゼットは扉の前で首を捻る。リゼットには古代文字は読めない。鑑定をしても何も出てこない。


 ただ、なんとなく。

 なんとなく扉に両手で触れる。


(こういう仕掛けは、順番にどこかのスイッチを押すか、魔力を流し込むことで開くはず)


【魔力操作】


 古代文字をなぞるように魔力を流し込むと、なぞった場所が淡く緑色に光る。

 手ごたえを感じながらリゼットは更に魔力を流し込んだ。そしてすべての文字に光が灯ったとき、ガコン、と扉が微振動する。

 そのまま扉を押すと、内側へと開いた。


「やった!」


 罠の危険性も考慮し、少しずつ扉を開けて中に入る。

 中は部屋になっていた。光る苔はここにも生えていて、明かりに困らされることはなかった。


(やっぱりここは隠しエリア? 何か財宝が残っているかも?)


 テンションが最高潮まで上がる。貴重な財宝を手に入れられれば借金も一気に返すことができる。そうなれば晴れて自由の身だ。

 上機嫌で進むうち、リゼットは気づいてしまった。

 床に複数人の足跡があることに。しかも古いものではなく、比較的新しいものが。

 テンションが徐々に下がっていく。


 そしてリゼットは信じられないものを――しかしダンジョンにはあって当然のものを目にした。

 倒れて動いていない、人間の身体を。


(死んでいる……?)


 ――死体。


 一瞬、そういう擬態をしているモンスターかと思った。思いたかった。

 警戒しつつ恐る恐る近づく。


 鎧を着た若い男性だった。髪は金色。

 その姿と、剣と盾には見覚えがあった。

 冒険者ギルドで。

 確か名前は――


「――レオンハルトさん?」


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