第4話 冒険者ギルドでの出会い
「冒険者ギルドへようこそ! 身分証明カードをお預かりします」
受付の女性の明るい声がリゼットを歓迎する。
ダンジョンを出てすぐの、最高の立地にある大きく立派な建物――冒険者ギルド。
ダンジョンを探索する冒険者たちが出入りする場所にリゼットも初めて足を踏み入れた。建物の中は広く清潔で、盛況だった。
カウンター越しに身分証明カードを受け取った、青い制服を着た受付嬢は、カードとリゼットの顔を交互に見て微笑んだ。
「あなたが新しく来られたリゼットさんですね。ノルンへようこそ」
「はい。何もかも初めてですので、こちらの仕組みを教えていただけると助かるのですが」
「では冒険者として登録させていただくということでよろしいでしょうか。現在のステータスと適性を調べますので、こちらの板に手を置いて、少々お待ちください」
言われた通りに受付カウンターにある銀色の金属板の上に手を置く。ひやりとした金属の感触が伝わってきた。
これで何かがわかるのだろうか。
わくわくするリゼットの前で、カウンターの裏側で何かを見ていた受付嬢の表情が引きつる。
「……ん?……えっ?……ええっ!……も、もしかして、もうダンジョンに入られたのですか?」
どうしてわかったのだろう。
この板に手を乗せることでダンジョン踏破状況までがわかるのだろうか。
(興味深いわ)
不思議に思いながらも、ダンジョン領域の中の常識は外の常識とはかなり違うのだろうと自分を納得させて、リゼットは質問に答えた。
「はい。とても素晴らしい体験でしたわ」
「早速どこかのパーティに入ったんですね」
「いいえ、ひとりで行動しています」
受付嬢の顔がさっと青ざめる。
「そんな……初心者が単独でダンジョンに入って無事出てこられるなんて聞いたことない……しかもこのレベルって……」
ぶつぶつと呟き、はっと顔を上げる。
「もしかすると、リゼットさんはすごい才能があるのかもしれません!」
「ありがとうございます」
お世辞を素直に受け止めた。
「えーっと、それでもまずはパーティを組んだ方がいいですよ。雇用料はかかりますけれど、生存率が格段に上がりますから」
錬金術師も同じようなことを言っていた。
得意不得意を補い合い、助け合う。それができれば探索の効率も飛躍的に上昇するだろう。ベテランを雇えば教えてもらえることも多いかもしれない。
だがひとつ大きな問題がある。先立つもの、つまりはゴールドがない。
「もしよろしければこちらでメンバーを紹介させていただきますが」
「ご親切にありがとうございます。ですが私はもう少し一人で冒険してみたいと思います」
人を雇えるゴールドはなく、別のパーティに雇ってもらえるような実績もない。実績のないリゼットを雇ってくれるのは、とんでもない善人かよくいる悪人ぐらいだろう。
「へへっ、だったらオレたちのパーティに入れてやるよ」
そしてこのように向こうから声をかけてくる場合も、ろくな話ではないと相場が決まっている。
声のした方を振り返ると、二十代半ばとみられる冒険者の男性がへらへらと笑いながらリゼットの真横に来て、カウンターに腕を置く。
冒険者歴は長いのだろう。慣れている雰囲気を纏っている。しかし装備の手入れは悪い。肩当ての部分の革ベルトがかなり傷んでいる。
そして目を見ればわかる。こちらを食い物にしようとしているかどうかは。
その目は、貴族時代でも見慣れたものだった。
「お声をかけていただきありがとうございます。ですが私にはそちらのパーティのお役に立てそうにないので、辞退させていただきますわ」
人生は食うか食われるか。
善意と悪意の区別もつかずに親切を受けていれば、食い物にされる。
「いやいや充分お役に立てるぜ。借金返済の手伝いをしてやるよ」
「……どうして私の事情をご存じなのですか」
「みんな知ってるさ」
下卑た笑いを浮かべる。向こう側にこの冒険者のパーティとみられる男たち三人も、同じような目でリゼットを見ていた。
――不名誉な噂が流れていることは間違いない。とんだ洗礼だった。
「ほら、遠慮するなって」
馴れ馴れしく伸びてくる手にぞっとする。絶対に触られたくない。叩いて振り払おうとしたその瞬間――
「やめろ」
横から伸びてきた手が男の腕をつかむ。
そこにいたのは彫りの深い整った顔立ちをした、明るい色の金髪の男性だった。精悍なエメラルドグリーンの瞳に、鍛えられた均整の取れた身体、手入れの行き届いた鎧。腰にはいた立派な剣に、背中には盾。
「嫌がっているじゃないか。無理強いはやめた方がいい」
口調は落ち着いているが、だからこそ威圧感があった。冒険者の男は顔を引きつらせ、ばっと腕を振り払う。
「チッ、覚えてろ」
舌打ちをして捨て台詞を残してギルドから出ていく。その後ろを仲間らしき男たちが追いかけていった。
「ありがとうございます」
「ああいう手合いもいるから気をつけて。あまり刺激はしない方がいい」
リゼットが手を叩いて払おうとしていたことを察していたらしい。先ほどよりも随分穏やかな口調で言って、リゼットの前から離れていく。
「いろんな方がいらっしゃるのね……あの方は?」
受付嬢に問いかける。おろおろするばかりだった彼女は落ち着きを取り戻し、小さな声で答えた。
「本当は他の冒険者さんのことは言ってはいけないんですけど……彼はレオンハルトさんです。いまもっともダンジョン攻略に近いパーティのリーダーの方ですよ」
「まあ……私にとっては雲の上の人ですわね」
レオンハルトと共にいるのはパーティメンバーだろう。
前衛の戦士と思わしき男性が一人と騎士が一人、回復術士の服を着た清楚な女性が一人、魔術士と思われる赤髪の美しい女性が一人、鍵師と思われる小柄な男性が一人。
理想的なパーティだ。そしてほぼ全員が育ちの良さそうな雰囲気をしていた。
(おそらくほとんどが貴族……鍵師の方はその伝手で雇った冒険者かしら。何のためにダンジョンに?)
興味は尽きないが、考えても仕方ない。
リゼットはカウンターの受付嬢に身体の向きを戻す。
(それにしても、妙な噂が出回っているのは由々しき事態ね。これだとパーティを組むのは難しいかも)
受付嬢と目が合う。
受付嬢もリゼットと同じ考えに至ったらしく。
「えーとそれではパーティメンバーはまた今度ということで」
「ええ、そうしてください」
「それではまずは簡単な依頼から始めていきましょうか」
「依頼?」
「はい。領域内や外から受けた依頼をあちらの掲示板に貼り出しています。もし引き受けられそうなものがありましたら受付に言ってください。依頼をクリアすればゴールドが支払われますよ」
クリームイエローの色をした壁一面に掲げられた巨大な木製の掲示板には、依頼の内容が書かれた紙が大量に貼られている。ギルドに訪れた冒険者たちは隈なくそれらを確認し、吟味していた。
紙には依頼の品と期限、報酬などが書かれている。人探しの依頼もあるのか、似顔絵が描かれたものもある。
「なるほど……あの依頼は採取? これでよろしいのかしら」
アイテム鞄から、ダンジョン内で拾ったそれと思わしきアイテムを取り出す。モンスターを倒したときに落としていった、リゼットには青いぷにぷにとした球体にしか見えない素材だ。
「は、はい。納品を確認しました。それではこちら報酬の2000ゴールドです」
1000ゴールド銀貨が二枚。
あっさりと報酬が支払われ、リゼットは拍子抜けした。こんなに簡単にゴールドが手に入るなんて。念のために拾っておいて正解だった。
「ではこれと、これと、これも」
「えっ? わっ、うそっ」
依頼に合致していそうなものを次々と出してカウンターに置いていく。
「〜〜〜〜ッ! の、納品を確認しましたぁ。これらの報酬の16000ゴールドになります!」
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