第3話 食べてみます!
「勝った……?」
丸焦げになって動かなくなったスライムたちを見つめながら、リゼットは自分に問いかける。
――勝利した。
間違いない。
他にモンスターの気配もない。
「よかった……」
ほっと胸をなでおろす。
初期スキルポイントをすべて使って【先制行動】を獲得しておいて正解だった。
戦いは先手必勝。初手で全体魔法攻撃ができれば、第一層のモンスターとは戦っていけそうだ。初期取得魔法で全体攻撃が可能な魔法を取れていて幸運だった。
「うん、これならなんとかなりそうね。慎重にガンガン進めましょう」
その後もスライムや巨大な昆虫、食虫花、大ガエルをフレイムアローで倒しながらダンジョンの森を散策する。
その途中、道に落ちている短剣を拾った。
(誰かの落とし物かしら)
見たところ何の変哲もない短剣だが、鑑定スキルのないリゼットには、これがどれほどのものかはわからない。それでも貴重な武器だ。腰のベルトに短剣を差し込む。
「それにしても……うう、なんていいにおい……」
モンスターが焼けるときの何とも言えない香ばしい匂いがリゼットの食欲を刺激する。
(……モンスターって食べられるのかしら)
そう思った瞬間、空腹感が増す。
そういえばこの半日、何も食べていない。
それ以前も食事はほとんどなかった。罪人なので。
「…………」
視線の先には焼いたばかりのカエル。
こんがりと焼けていて、中まで火が通っていそうだった。
「いえ、いえ、いえ、そんな……そんな、味もつけていないしソースもない。ナイフもフォークも、お皿も……」
はしたない。
だがこの生きるか死ぬかの状況で、はしたないと言っている場合ではないのではないか。
空腹感と食欲は、思考を強制的に塗り替えていく。
それに、小さい頃は祖母にサバイバル生活を教わっていた。あの時の感覚が急速に蘇ってくる。
(毒があるかもしれない……身体に悪い影響があるかもしれない。でも――)
きょろきょろと辺りを見回す。このエリアにはリゼット以外の冒険者はいないようだった。
リゼットは先ほど拾った小振りな短剣(未鑑定)を手に取る。近くの木から取った大きな葉を、カエルの足首に巻き付けて、その上からぎゅっとつかんで固定する。
短剣の刃を脚の付け根の関節に当て、何度も刃を入れて切り落とす。
「なんて重量感……それに、熱い」
充分発達した筋肉がずっしりと重い。そして芯まで火がとおっていて熱い。
表皮の部分は削ぎ落し、肉の部分を露出させる。ややピンクがかった白い肉は、鶏肉とよく似ていた。
カエルは食べたことがある。もちろんここまで大きくはなかったが。だからこそ抵抗感は薄かった。
どきどきと胸が高鳴る。
未知への期待、恐れ、あるいはロマン。そのすべてに。
「いただきます……」
立ち上る湯気を眺めながら、肉にかぶりつく。短剣が当たった場所は避けて、むしり取る。
マナーも何もあったものではない。教育係が見れば卒倒するだろう。だがきっと、この肉にはこの食べ方が一番ふさわしい。
噛みしめればじんわりと熱い肉汁が溢れ出す。淡白ながらも旨味に溢れた肉汁が、空腹の身体に染み渡る。
(おいしい……)
涙が零れそうなほど。
そして食べる勢いが止まらないほどに。
(なんておいしいの……臭みもまったくなくて肉汁もたっぷりで……ああ、手が止まらない!)
夢中で食事をしていたその刹那、激しい耳鳴りのような高い音が森に轟いた。
雰囲気が一変する。まるでのどかな春の森から冬に巻き戻ったかのように空気が張り詰める。
リゼットが肉を手にしたまま顔を上げると、少し距離を置いた場所に黒い球体が浮かんでいた。
その表面には細く鋭いトゲがびっしりと生えている。自分の身体を守るように、あるいは敵を攻撃するために。
その姿はまるで――
(空飛ぶ巨大ウニ!)
トゲが刺さると痛そうだと思いながら、肉を握りしめたまま戦闘態勢を取る。奇妙な姿はリゼットがいままで出会ってきたモンスターとはまるで違う。生物とはとても思えない。
背中に冷たい汗が流れる。
(ここは逃げて、ダンジョンの外に戻ってみる?)
生命の危機を感じる相手と無策で戦うのは無謀だ。スキル【先制行動】があればきっと逃げることができるだろう。
(でも――)
リゼットは錬金術師からもらった『身代わりの心臓』を思い出した。たとえここで死んでも、ダンジョンの外に放り出されるだけ。このダンジョン内では死は終わりではない。
死ぬのは怖い。だが逃げるのはもっと怖い。ここで逃げたらきっともう二度と進むことはできない。心が恐怖に囚われて。
(――私は、自分の道を切り開く!)
もう失うものは何もない。リゼットを縛るものは何もない。
この魂は誰よりも自由――力が湧いてくる。身体の一番深いところから。
【先制行動】
逃げずに戦う。リゼットは決意した。
(フレイムアローよりも、もっと強い炎を――)
【火魔法(初級)】
炎が生まれる。リゼットを守るように。
激しく燃え上がる、神聖ささえ感じる炎が。
リゼットは杖代わりに肉を突き付ける。敵に向けて。
【魔力操作】
炎を複数の矢にするのではなく、ひとつに集約する。そう、槍のように。敵を屠る槍のように。
「フレイムランス!」
魔法の炎が巨大ウニを真正面から貫いた。激しい炎が中心と周囲のトゲを焼き、巨大ウニは白い煙を上げながら地面にぽとりと落ちた。
炎が消え、巨大ウニの身体がふたつに割れる。
黒い身体の中央には、光り輝く琥珀色の大きな石が詰まっていた。実ではなく石が。
宝石のような輝きをリゼットは呆然と見つめる。
「勝った……?」
己に問いかける。勝利を否定する存在は何ひとつない。
「勝った? 勝ったわ……やったぁ! 私って結構すごいのでは?」
飛び跳ねてはしゃぐリゼットの目の前で、黒いウニの殻が霧のように消えていく。そして、琥珀色の石だけが残った。
両手で持ち上げられるほどのサイズの宝石のように輝く石。そしてその真上に、青い光球が浮かぶ。
その光を見たとき、当然のように理解できた。これに触れればダンジョンの外に戻ることができる、と。
そして奥にはいつの間にか下へ向かう階段が、森の茂みの中に現れていた。
このまま戻るか、さらに奥に進むか――
リゼットは決めた。
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