第5話 森の妖精の導き

熊と和解をした日から1週間が過ぎた。

ユウトはこの一週間で鹿の背中に乗りながら、矢を射って50メートル内の距離なら狙いを定める程の腕前に成長していた。少年は熊の左目の傷が早く治るよう看病に努めながらも、一日一回森に熊を連れて少し散歩する日々を送っていた。そして、熊の目が見えるようになったのは昼過ぎ頃だった。目が見えるようになった熊に、突然ユウトは弓を向け、そして矢を放った。熊は咄嗟に避けて両手を挙げて戦う意思がないことを示したが、ユウトは距離を詰め、熊の懐に向かって拳を突く。それも熊は腕でガードし続け、ユウトの拳や蹴りといった攻撃に対しても見事に防いでみせた。ユウトは攻撃するのを止め、「目は見えるようになったようだな。この一週間ほとんど動いていない日々を過ごして、この動きは流石の一言だ。もうこれで俺が居なくても大丈夫そうで安心したよ。」と熊に言って、抱きしめた。それからユウトは少年に「森の平和と安全を任せたぞ。この熊にもっと強く鍛えてもらうといい。」と伝えて頭を撫でた。それから荷物をまとめ、ユウトは鹿の背中に乗り森の中へと姿を消した。そのユウトの姿が見えなくなるまで、少年と熊は見届けていた。ユウトが森の中を進んでいると「本当に素敵な人ね、あなた様は。」と綺麗で透き通る声が聞こえてきた。あの妖精の声だ。ユウトの右肩の近くに妖精の姿が見えた。ユウトは「久しぶりですね。熊の目も治ったので、あとは少年たちに任せて大丈夫でしょう。」と妖精に話しかけた。「あなたの熊への配慮も、その弓術の腕が合ってこそ成せる技。私はあの日あなた様の行動を見て感動しました。そこで、私からあなた様に一つの提案がございます。もし宜しければ私の下でフィルコバの修行をしてはみませんか?その修行は過酷ではありますが、その後は今とは比べ物にならないほどの力が手に入ります。そして、その力を森の動物の安全、ううん、この世界の安全の為に使っては頂けないでしょうか?」と感謝の言葉と共に、突拍子もない理解が追い付かない話を聞かされたユウト。妖精の方に真っ直ぐ目は向いていたが視点は合っておらず、口は開いたまま。妖精は流石にこうなると想像がついていたようで「今すぐに返事をしてもらわなくても大丈夫です。それより今どこに向かわれているのですか?」とユウトに尋ねた。ユウトは「実は迷子になってしまって…いや、気付いたらこの森の中に居て…」ユウトは妖精に覚えている限りのこと全てを、正直に話した。妖精は初めて見る花を見つけたような興味深い表情になり「あなた様の話を聞いて私、確信しました。あなた様はこの世界、通称ウィステリアに何らかの原因で迷い込んでしまったということですね。素晴らしいじゃないですか。」と教えてくれた。ユウトがウィステリア、つまり別の世界に来ているという事実に気づいたのは、この時だった。冷静に考えると、ここに来てから違和感を覚えることはいくつか合った。この妖精の存在もそうだ。何より自分自身で体感していること、この過酷な日々が続いているのに疲れをあまり感じない。自分の身体能力、体力共に上がっている。この世界と地球人の間に何らかの影響があるのだろう、ユウトはそう考えていた。ユウトは妖精に「この近くに町や村、人間が住んでいる所はあるのか?」と聞き、妖精は「この森は山の中に合って、北の方に向かって森を抜け、丘を渡り、一つの山を越えた所にブルームスブルクという王国が管理している村や町があります。」と教えてくれた。その話を聞いたユウトは、一先ず北に向かって進むことに決めた。妖精はユウトに「私もあなたが山を越えるまでの間、迷わないように付き添わせてください。」と頼んだ。ユウトは「もちろん、助かるよ。」と歓迎した。そして日も傾き薄暗くなり始めた頃、宿になりそうな小屋も辺りには見当たらなかった。そこで妖精は「この先を2km程進んだ所に洞穴があります。今晩はそこで休むことにしましょう。」と提案した。「このまま散策しても仕方ないし、そうしよう。」ユウトは応える。ユウトたちは現在地から近い洞穴で一晩過ごすこと決め、リンゴ3つと木の実、水も妖精が教えてくれたので洞穴に向かう途中で確保することができた。洞穴に到着すると鹿は、かなり疲れていたようで足を折りたたみ、目を閉じそっと眠りについた。ユウトは洞穴の中で火を焚き、ようやく腰を下ろすことができ安心した。道中で手に入れたリンゴと木の実を食べ、火の温かみが丁度いいくらいの所に寝ころんだ。ユウトは炎を見つめていた。その時のユウトの顔は何か思い悩んでいるようだった。しばらくするとユウトの表情は、冒険の旅立ち前のよう覚悟を決めた強い眼差しへと変わった。ユウトは妖精に「なぁ俺ってウィステリアっていう俺が過ごしていた世界とは別の世界に来たということか?俺って死んだのかな?それでここは死後の世界なのかな?」その質問に対して、妖精は「あなた様が過ごしていた世界で亡くなられたかどうかは、分かりません。しかし今ここに居るあなた様は間違いなく、生きております。そしてあなた様は、この森のこれからの安全に希望の光を与えてくれました。」ユウトの目を真っ直ぐ見て伝えた。そしてユウトは、またしばらく黙りこんだ。何か考えている様子だ。数分が経ち、ユウトは妖精に「修行の話を聞かせてくれ!」と言った。その時のユウトの眼差しは、焚火の火に反射し、まだ知らぬ過酷な修行に対しての情熱が瞳に現れたように見えた。

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