サイレント・リリース

生來 哲学

その会議は六時間にもわたる沈黙のまま終わろうとしていた

 私には三分以内に終わらせなければならないことがあった。

 この馬鹿げた話し合いである。

 ――喋ったら死ぬ病気なの?

  約六時間、誰も喋らないままの会議が、今終わろうとしている。




 とどのつまりは領土問題。縄張り争い。

 かつて、すべてを破壊しながら突き進むバッファローの群れにより、この土地、とこの街は一度滅びた。

 その後、誰も居なくなったこの土地が後から来た人々の復興支援によってそれはそれは立派な土地になったのである。十年もかけて復興してくれた人々には頭が上がらない。

 しかし復興が相成った途端、四方八方に散り散りに逃げていた元の住民達が戻ってきて街を明け渡すように権利を主張しはじめたのである。再開発に当たって行方不明者以外は権利譲渡の手続きを行っていたが、何せ例のバッファロー災害のドサクサで行方不明の連中も多かった。

 役所資料も失われているので、中には本人確認も出来ない怪しい人間もいる。

 誰も居なくなった権利もあやふやな土地を好き勝手改造したのは新住民達ではある。

 だが、十年間音沙汰なかった癖に街の復興が達成された瞬間に人々の努力の成果だけ奪おうとする連中も連中である。

 そして今、この会議室には新住民の代表と旧住民の代表者がそれぞれ向かい合ったまま、互いに何も言わずに六時間にらみ合ったままなのである。

 ――勘弁して欲しい。

 互いに言質を取られないためのサイレント戦術なのだろうが、本日が国の定めた最終会議である。三回目の。最終会議を二回やって結論が出ず、今回がだめ押しの三回目なのだ。あまりにも不毛。

 本来の担当者である上司は今日も体調不良で休みだ。毎回会議の朝に体調不良で休むのホントやめて欲しい。おかげで仲介人である市役所の代表者は新卒二年目の私一人だ。

 あくの強そうなおじさん達が狭い会議室で両サイドに分かれて座り、ひたすらにらみ合いを続けている。胃が痛い。

 全員の手元には一度も開かれてない資料と、起動しっぱなしでなにもされない高性能な箱――パソコンとが起きっぱなしになっている。

 ――ああもう、勘弁して欲しい。明日はうきうきで新居の内見に行きたいのに、こんなささくれだった気持ちのまま行きたくない。

 本来であれば司会兼仲介人である私が音頭を取るべきなのだろうが、一言喋ったら両方の陣営から睨まれて黙らされてしまうのである。一介のしがない市役所の小娘である私に無茶な話だ。

 ――ああもう、どうにでもなれ。


>後三分で会議は終了します。その場合は土地の権利はすべて国が買い取る形になりますのでよろしくお願いします。


 カタカタターンッ、と会議用資料のチャット欄に打ち込む。

 後はどうにでもなれだ。

 やけくその発言。

 途端、それまで腕を組んで黙っていた両陣営のおじさま方が慌ててチャット欄に書き込みを始めた。


>は? そんな話は聞いてないぞ

>なんだその横暴な結論は?


 プロジェクターで映し出されている会議資料の下半分にあるチャット欄がすごい勢いで埋まっていく。

 まさかこの人達に発言をする機能があったなんてのは驚きだ。


>これは第一回からずっと言ってきたことです。手元の資料にも書いてます。ちゃんと確認してください。

>ふざけんなよ小娘。

>おっとセクハラですよ。文句があるならこの六時間なにもしなかった自分達を恨んでください。後二分半で、すべて国のものです。

>こんなの罠だ! 陰謀だ! 抗議する!

>七回あった抗議の機会は今回で終了です。ありがとうございました。

>この土地は我々の者だ。後から来た国に全部奪われるなんて認められない。

>後から来たのはお前達だろう?

>は?

>は?

>あと二分で終了です

>こら~! 勝手に話を進めるな!

>知らないんですか? 時間は勝手に進むんですよ?

>小娘がぁぁ、似合わない赤いメガネしてるくせに!!

>口で勝てなくなったら見た目や人格批判するのはおじさん達の悪い癖ですよ。

>落ち着け、古いの。このままでは国の思うつぼだ。


 かくて会議用チャットは滝のような速度で流れ続け、すったもんだの末に東西で半分ずつ割譲することが新旧住民の間で合意がラスト三十秒で取れた。

 今までのにらみ合いはなんだったのかというスピード解決である。ログも残ってるし間違いも起きないだろう。多分。

「お疲れ様でした! では両者合意ということで握手をお願いします!」 

 私は精一杯の笑顔で告げたが、相変わらずおじさん達は黙ったまま、むすっとした顔で握手した。私はもう何も突っ込まずに不機嫌そうな握手の写真を撮り、上司に送信する。これで今日のミッションはすべて完了だ。

 と、そこで私のポケットの中のスマホが振動する。

 何事かと見てみたら新旧住民の話し合い用SNSという地獄のようなアプリのチャット欄に書き込みがされている。


>よし、終わったし飲みに行こうか

>おう、色々あったがお疲れだな

>はーっ、一仕事終わったし気持ちいいぜ。


 私が顔を上げるといい年したおじさん達が何も言わないまま無言でスマホをたぷたぷしていた。

 ――もしかして、この人達、だんまりを決め込んでいたんじゃなくて、ただ単に口べたのギークおじさん達の集まりだったの?

 私が呆れた顔をしていたら私にも飲み会へのお誘いが書き込まれる。


>私はこの後も仕事があります。それよりも皆さん会議室を締めますので出て行ってください。


 私の書き込みと共にスマホ凝視おじさん達はスマホひたすら打ち込みながら、さよならも言わずに次々と黙って退室していった。前を見てないのに一糸乱れぬ団体行動に謎の感動がわき起こる。

 その後も、報告書を作成している私のスマホに飲み会のおじさん達の「醤油とって」とか「焼酎のおかわりお願いします」という書き込みが次々と流れてくるのだった。

 ――そこは口で言いなさいよ。

 とはいえ、そんな書き込みをしたら飲み会に強引に誘われることになるので私はそっとSNSをミュートするのだった。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

サイレント・リリース 生來 哲学 @tetsugaku

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ