幕間 ―第四部以前―

幕間・壱 <紅葉と楓>

 杪秋が過ぎ、凪之国に最初の木枯らしが吹く頃。


 凪之国、初等学校教諭である如月つゆりはある日、校長室に呼び出された。


「小松校長、お呼びでしょうか」

 引き戸を開くと、正面に中庭全体を望める硝子窓。窓に背を向け執務机に手を添えて待つ、部屋の主の姿。

 高位の教育者が身につける、白い長衣を身に着けている。


「忙しいところごめんなさいね、如月先生」

 初等学校時代の恩師であり、現在は初等学校長にまで上り詰めた小松先生だ。

 新米教師の頃の若々しい面影の中に、教育に身を捧げてきた実績による風格も備えている。


「とんでもないです。あ…」

 入室したつゆりの視界に映るのは、見慣れない男の姿が二人、そして二人に付き添われて来ているであろう幼子が二人。


 校長の執務机に対して直角に置かれた長椅子で横並びに腰掛けていた四人のうち、男二人が先に立ち上がる。


「こちら、如月つゆり先生です。紅葉さんと、楓君の担任になります」

 小松校長が男二人に、つゆりを紹介する。

 男はいずれも法軍人の装いで、腕章の色から、いずれも上士だ。


「一色と申します。隣は、楠野です。春からこの子らが、お世話になります。こちらが紅葉で、あちらが楓です」

 紅葉、で一色の手が脚にしがみつく女児の頭を撫で、楠野は裾を握る男児の肩を撫でた。


 紅葉は名前の通り、秋の紅葉を思わせる紅と橙色が縞になった上衣を着ている。

 楓の方は、夏の青楓に見られる若緑の上衣だ。


 この子たちが「例」の――


 つゆりは内心を表に出さず、にこやかに「どうぞよろしくお願いします」と頭を下げた。


 事前に小松校長からあらかたの事情は聞いていた。

 霽月(せいげつ)院に預けられた双子で、獣血人という西方の特殊な血族である。


 母親は凪に流れてきた後に賊の頭領に身を落とし、討たれた。

 遺されたのが、生まれて間もない子狐たち。


 そして、今は双子の後見人である一色と楠野の二人が、賊殲滅任務にて母親を討った当人だという。


 霽月(せいげつ)院は、青が育った孤児院でもある。

 長直轄の施設であり「特別な子」しか入る事ができない。


「紅葉、楓。先生にご挨拶しなさい」

 一色に促され、双子はおっかなびっくり肩を縮めながら、つゆりの前に並んだ。


 狐の子の証と言える、薄い茶褐色の狐色の毛髪が、窓から差し込む冬の陽光を受けて煌めく。

 艷やかな栗の実のような瞳が四つ、もじもじしながら、つゆりを見上げた。


「しぇ、しぇんしぇ、よ、よろちきゅ、お、おね…」

「おねがい、ちま、しゅっ」


 拙い言葉を懸命に発する子どもたちが、つゆりに深々とおじぎを向けた。

 と同時に、双子のお尻のあたりから、黄金色の毛束が四本、ススキのように顔を出した。


「あ」

「あ」


 紅葉と楓は慌てて、お尻を隠してしゃがむ。

 尻尾はそれぞれから二本ずつ。

 冬毛でふくらんでしまい、幼子の小さな手では隠しきれていない。


 聞いた事があった。

 尻尾が複数ある獣は、妖もしくは神獣の類であると。


「……紅葉さん、楓くん、よろしくお願いしますね」

 驚きと、母性に似た何かしらの感情を抑えながら、つゆりは双子の前に屈みこんだ。


「先生のことは「つ、ゆ、り、せんせい」って呼んで下さいね」

 双子は、つゆりの自己紹介の一言ずつに、大きく頷いている。

 そのたびにススキのような二本ずつの尻尾が、示し合わせたように同じ拍をとっていた。


「ご覧の通りの特性で、まだ人間の姿を上手く保つことができない。言葉の発音も不慣れだが、読み書きと聞き取りはできる」


 とは、楠野の説明だ。


「獣血人はまだまだ凪では珍しい。更に複数の尾とあっては…未知な部分が多い」

「先生のお手を煩わせてしまうかもしれません。何かお困りの事があれば、どうぞ我々にご一報下さい」


 楠野の説明に、一色が補足をつなぐ。


 ご挨拶を終えた子狐たちは再び、保護者二人の元へかけ戻った。

 紅葉は一色の脚にしがみつき、楓は楠野の裾を握る。そこがそれぞれの定位置らしい。


「大丈夫です、ご安心下さい。子どもたちにとって楽しい学校生活になるよう、精一杯努めます」


 立ち上がり、つゆりは目の前の「家族」へ、力強い笑顔を向けた。

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