ep.35 翡翠の扉(4)
コウら村の自警役たちの情報を元に、三人はまず村落の南側山間部を巡回。三日かけて一巡し、巣やヌシも含めて半径二里ほどの範囲を「掃除」した。
キョウの高火力な術と体術、羆に変化した檜前の力技、そして青の補助的な動きが上手く噛み合って作用し、駆除は驚くほど順調に進む。
三日ぶりにいったん村落へ三人が進捗報告に戻ると、出迎えた村長はじめ村人たちは、妖獣の体液や血で汚れた三人の姿に目を丸くしていた。
「お風呂とお食事を」
「いえ、報告に戻っただけですので」
村のもてなしを丁重に断り、キョウは村の屋外集会場の卓上に地図を広げる。周囲に集まる村長や村人たちへ、駆除を行った箇所の状況を説明していった。その中には自警頭のコウの姿もある。
「村の南側、この稜線に沿った範囲までは一巡しました。一度駆除すれば妖獣はしばらく姿を見せないはずです。この後は引き続き、村の北側を二、三日ほどかけて駆除を行います」
「たった三日のうちに、これほどの仕事を……」
キョウの報告を一通り聞き終えると、集った面々の誰かしらからそんな呟きが漏れ聞こえる。
「どうぞ、今晩はゆっくり休んで下され。お召し物も洗濯したほうがよろしかろう」
村長の視線が、外套の血や泥汚れが目立つ三人を頭からつま先まで巡った。
「お気遣いはありがたいですが、任務ですので、どうぞお気になさらず」
任務中の汚れ落としは、川か泉でも見つけて済ませる事が大半だ。風呂や食事は、依頼主や凪に通じる人物といった身元が明確な相手から提供されたもの以外は迂闊に受け入れない。
「しかし……」
「それよりも、二師」
「承知しました」
キョウに促され、後方に控えていた青が卓の前に進み出た。
「こちら、獣除けです。お使い下さい」
卓上に瓶を数本並べる。
「村の南側の領域に出没する妖獣の種に効くものを、調合しました。北側分は、また後日に」
「おお、それはありがたい」
「使い方は虫除けや一般的な獣除けと同じです。村周辺に撒いておけば、雑魚程度であれば近寄っては来ないでしょう」
「東方大国の軍人さんは、こんなものまで即席で作ってしまわれるのですなぁ」
「彼は専門家です。品質は保証します」
とキョウが補足し、
「ほぉお」
と村長たちは小瓶を眺めて感心しきりの様子。
東方大国というのは、翡翠における神通祖国つまり五大国を示す言葉のようだ。
「……獅子…」
村人の一人、コウが小瓶を手に目を細める。
青とキョウの視線に気づいて「失礼」と小瓶を卓に戻した。
「つい、気になってな。西方において、獅子は神獣の中でも高位の存在だ」
「そうでしたか。凪之国においても、獅子は尊ばれる神獣です」
青が応える。
「貴殿は薬…薬師なのか?」
「怪我や病に効く薬も作りますが、私は毒術師といって、その名の通り毒物の扱いを得意とします」
「毒術師...」
「ほぉ、こちらで言うところの「裏薬師」ですな」
と、コウの隣から村長が顔を出す。
「裏薬師ですか。ぜひ、いつか同業者の方とお会いしてみたいです」
青は無難に応えて頷いた。
五大国では毒術師の蔑称として「裏薬師」「闇薬師」といった呼称も存在するが、村長の口ぶりを聞く限りでは少なくとも翡翠では通称として使われているようだ。
「鈴(りん)ちゃーん、どこー??」
村の広場から、子どもの声が響いてきた。
「鈴…?」
コウが訝しげに振り返る。
「娘が何かしたのか…失礼する」
その場にいる面々に頭を下げると、左足を引きずりながら集会場から離れて行った。
「私も様子を見てきます」
「了解、後で合流する」
コウの脚が気になる。
キョウの声に片手を上げて応え、青はコウの後に続いた。
広場に向かうと、数人の子どもたちが「鈴ちゃーん!」と呼びかけながらあちこち駆け回っている様子が見える。
家屋の裏から、顔色を悪くした母親のシズネが姿を現し、コウの姿を見とめて駆け寄ってきた。
「シズネ、どうしたのだ。鈴がどうかしたのか」
「あなた…それが、さきほどから鈴の姿が見えなくて…ご飯時になっても戻らないの」
太陽が傾きかけている。
幼い子どもたちにとっては、夕餉が近い時刻だ。
「小屋も、畑も、田んぼも全部見てきたの」
「でも鈴ちゃんがいないんだよぉ」
息を切らせた子どもたちが、コウを取り囲む。村の自警頭は片膝をついて、子どもたち一人一人に目を合わせた。
「鈴を探し回ってくれたのだな、ありがとう。オレが探しに行くから、みんなはもうお家に帰りなさい。夕餉の支度の手伝いをしないとな」
「うん……」
「絶対に見つけてね!」
子どもたちは口々に「鈴ちゃん大丈夫だよね?」を繰り返して、それぞれの親に手を引かれて家路に戻って行った。
「あなた…鈴は…」
「子どもたちが見つけられないという事は…村の外に出たのかもしれんな」
「そんな...! ごめんなさい、私…」
コウの推測に、シズネの顔色から血の気が引く。
「娘さんの捜索、お手伝いさせてください」
夫婦の元へ、青は声をかける。
振り返った夫婦の青を見る瞳に、戸惑いが浮かんでいた。
「心当たりの場所はありますか」
青は気づかない振りをした。
好意的ではない視線には慣れている。物騒な役職名に嫌悪感を抱く人は少なくない。
それよりも、子どもの安否の方が重要だ。
「妖討伐ばかりか子どもの事まで…申し訳ない、頼っても良いだろうか」
コウが深々と頭を下げる。
「あなた…」
と躊躇しながらも、シズネも「お願いいたします」と続いた。
「心当たりの場所については、娘も含め、村の子どもたちはあらゆる場所を遊び場にするもので…」
「他の子ども達がアテを探して見つからなかったのですから、ご家族もしくは娘さんだけの「秘密の場所」があったりはしませんか?」
青の推理にコウとシズネが顔を見合わせる。
「であれば、あの子が好きな木苺が群生している場所か、遊び相手の栗鼠の巣がある森か、薬草の森か…」
「薬草の森?」
「はい。棚田を上がった先の北側の山中なのですが、薬になる植物が自生している一帯があります。でもその辺りに妖が出るようになったので、退治して頂くまでは近寄ってはいけないと言い聞かせて……」
と、シズネが指し示す先は、棚田の頂上向こうに拡がる裏山だ。
「娘さんは私に痛みを取り除くおまじないを教えてくれました」
青は額当てで覆われた部分に、指先を当てる。
「そんな優しい娘さんですから、コウさんの怪我を治す薬草を採りに行ったとは考えられませんか」
「あ…」
ますます顔色を悪くする夫婦へ、
「私が、薬草の森へ探しに行ってきます。他の心当たりの場所については、峡谷と檜前へお伝え下さい。二人が必ず探しに行ってくれますから」
落ち着かせるよう、青はゆっくり頷いた。
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