幕間 ―第三部以前―

幕間・壱 <幼なじみ三人組の、ある日>

 都は七つの区に分けられていて、それぞれに色が割り当てられている。


 その中で「緑」に該当する区は「山葵(わさび)之区」と名がついていて、住宅街、商店街、町の診療所、定食屋や小料理屋等、人々の生活に根付いた施設が集まっている。


 そんな山葵之区の一画にある軽食店で、トウジュは幼馴染二人に十八歳の誕生日を祝われていた。


「トウジュ、任務でケガしたって聞いたけど、大丈夫そうで良かった」


 幹事役のつゆりは、甘く煮た姜をすりつぶして作った冷茶に口をつけながら、嬉しそうだ。最近の都で流行っている飲み物らしい。


 ちなみに、なぜ軽食店かというと。凪の法における飲酒可能な年齢が二十歳と定められているからだ。


「痺れ毒にやられただけだし!大したこと無ぇし!」


 トウジュはいつも、心配される事を嫌がる。「っつーかそんな事より」と無理やり話題を変えようと、対面に座る青へ顔を向けた。


「セイさー、いつの間にか中士になってるじゃんさ!」

「え、そうなの!? おめでとう!」


 唐突に話題の中心になってしまった青は「え、え」と視線を泳がせる。


「あ~あ、先越されちゃったぁ」


 と、わざとらしく口を尖らせてそっぽを向くつゆりだが、その目は笑っていた。


 つゆりも来春には教員資格が取得できる目途がついており、教員免許取得者は中士への昇格も約束されているので、時間の問題である。



 それからの三人は、店の女将が次々と運んでくる料理をつまみながら、それぞれの近況報告を交わす。


「あらら、それ完全にフラれてるじゃない」


 トウジュの任務小話に、つゆりが「お気の毒」と笑う。話題は、青もシユウとして参加していた、陽乃姫騒動だ。


「あ、あはは…さすが、峡谷上士はモテるんだね」


 初耳であるという精一杯の演技をしながら、青もトウジュとつゆりに合わせて苦笑いの相槌を挟む。


「あのお姫さん、最後はすんげーしょげちゃって、ちょっと可哀そうだったけどなー」


 お気楽に笑いながら、トウジュは肉の塊を口に放り込んだ。姫のせいで自分もケガをしたというのに、そんな事はもう忘れているかのように、あっけらかんとしている。


「フラれて良かったわよ。他国のお嬢さんに横から取られでもしたら、凪中の女子が黙ってないわ」

「凪に来た途端にアンサツされちまうんじゃねーの」

「峡谷上士の浮いた話って全然聞こえてこないのよね」


 情報通のつゆりですら、凪の法軍が誇る天才の噂話を仕入れる事ができないでいるようだ。できるとすれば、諜報部の上士や特士級であろう。


「オレは、アザミ上士が怪しいんじゃないかって踏んでるんだよな~」

「え! 誰それ!」


 アザミ上士は、同じく陽乃姫騒動の任務で隊長を務めていた菊野アザミの事だ。そういえば美男美女の隊長・副隊長の組み合わせだったな、などと思い出しながら、青は二人のよもやま話に耳を傾けていた。



 つゆりからは、学校で出会う子どもたちが話題の中心となる。


「将来強くなりそーな見込みのある奴っていんの?」


 教員見習いのつゆりへ、トウジュらしい質問が飛び出した。


「ん~、そうだなぁ。いる事はいるけど…本当は、教師があまり子どもを区別しちゃいけないんだけどね」


 いかにも、正義漢なつゆりらしい応えだが、トウジュには物足りない。


「ン年ぶりの天才現る!みたいなやついねーの?」

「いるいる。日野家の、よぎり君」

「あ、よぎり君かぁ」


 馴染みのある名前が出てきて、思わず青は口を滑らす。


「今年、下士になったみたいだよ。十歳だって。すごいね。峡谷上士が指南役についてた」


「ええ!? 峡谷上士が!?」と、トウジュとつゆりの声が重なった。


「すげぇ、それって本物じゃねーか」

 卓上のトウジュの両拳が、強く握られる。


「あ」

 しまった。

 トウジュの負けん気をくすぐってしまったかと、青は少しの後悔と共に口を噤む。


 つゆりも同様のようで「あ」の形に口を開いて顔を引いた。


 だが、トウジュの反応は、青とつゆりの予想をはみ出るもので。


「どんな奴か楽しみだなー、任務で一緒になんねーかな!」


 出世頭の幼なじみは瞳を輝かせて、夏の大輪の花のように笑っている。


「……」

「……」


 青とつゆりは顔を見合わせた。


――そうだった。

――こういう子だったね。


 言葉を必要としない会話を視線で送りあう。


「そうそう」

 ふと、つゆりが何かを思い出したように、手を叩いた。 


「よぎり君といえば、双子の妹の、あさぎちゃん」

「あさぎちゃん?!」


 懐かしい名前に、思わず青の背筋が伸びる。


「お、なんだ?その妹もつえーやつ?兄妹そろってムキムキとかか?」

「人を大猿みたいに言うのやめなさいよトウジュ」

「僕、あさぎちゃんも、よぎり君も会った事あるけど、どっちもムキムキじゃなかったよ。まだ子どもなんだし」


 あさぎの方は特異体質かつ体力オバケである事には違いないが、相手が年頃の女子という事もあって、青は無難な言葉を選ぶことにした。


 が、


「ところがよ。聞いてよ青、最近のあさぎちゃん、普通じゃないのよ」


 何故かつゆりが自慢げに、不敵な笑みを口端に浮かべる。


「あさぎちゃん、どうかした…!?」

「お、ムキムキに進化しはじめたか?」

「トウジュはいい加減ムキムキから離れてよ!」

「それで、あさぎちゃんがどうかした??」

「ってかセイ、よぎりって奴に会った事あんの?どんな奴だよ!」

「今は妹の方の話をしてるの!」


 三人の会話はいつもこうして、しっちゃかめっちゃかになるのであった。

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