ep.21 国捨て村(1)
「朱鷺一師、あの」
萎れたホウズキ状態の朱鷺の前に、青は背を屈めた。
「申し訳ありません。非礼をお詫びします」
あさぎに背中を撫でられながら、朱鷺面が「え?」と顔を上げる。
「ああ……違うの……久しぶりに、大きい術使って……疲れ、ちゃっただけ……」
青の反応に心を痛めたせいではないらしい。もそもそと外套が揺れた。
「さきほどの雨は、水術だったんですか?」
問いかけながら青は、死体が転がる村の中心部を見渡した。
降り注いだ霧雨、青やあさぎも浴びたはずの雨、だが声もなく死に至ったのは暴漢たちだけだった。
「そう、使う予定は無かったんだけど…簡単に言うと水術で雨を降らせて風術で風向きを調整して狙った奴らにだけ薬を浴びさせたってところかな、ちょうど奴らと君たちの距離がとれていたからそれで行けるなって思っ………あ……くらくら……する……」
再び朱鷺が萎れたホウズキになる。
急に饒舌になり一気にまくしたてたせいで、息切れで目眩を起こしていた。
慌ててあさぎが「大丈夫?」と再び背中をさする。
「すみません……えっと、では僕たちの状況をまず説明します」
青とあさぎが森まで飛ばされた経緯を説明する間、朱鷺の外套の裾がゆっくりと揺れていた。
深呼吸をしているようだ。
「なるほど……大変……」
説明に一区切りがついたところで、朱鷺が立ち上がる。
「君たちの手柄もあるし、説明しなきゃ……私「たち」の任務……のこと」
朱鷺の外套から淡い桃色の小鳥が顔を出し、羽ばたいて朱鷺の頭上へ。伝書の式鳥は空中を数度旋回し、西へ飛び去った。
「あ、これ、先に、返しておく……わ」
式鳥の行方を見送った朱鷺が、青へ片手を差し伸ばす。龍の手甲からのぞく指先が摘んでいるのは、青が暴漢を仕留めた毒針二本。
藍鬼から継いだものだ。
「あ……それは。ありがとうございます」
青が両手を差し出すと、
「君が使った毒……『逆飛泉(さかひせん)』の意味、知ってる?」
「え?」
朱鷺面の小さく丸い瞳が、まっすぐに青の瞳を見据えた。
「あ……飛泉は滝、使用すると激しくあがる白い煙が、逆さの滝の如く……という」
「そう。的確に急所を突けば即死効果が得られるし、そうでなくとも強烈な酸が組織を破壊して、この特殊合金の針に二層に仕込んだ毒を回らせ敵の動きを鈍らせる」
青の差し出した手の平に二本の針が、そっと置かれた。
「どちらも、私が尊敬していた毒術師の作品」
「……」
毒術の話に限って能弁になる朱鷺に驚くと同時に、朱鷺が藍鬼の近い位置にいた人物である事を、青は確信した。
チィ。
頭上から、小鳥の声。
式鳥が戻ってきたのだ。
「あら」
式鳥の耳打ちに、朱鷺の面が小さく頷く。
「任務仲間……、こっち……来てくれる……みたい」
毒術以外の話になると、途端にまた声が小さくなっている。
「その人が、合流したら……相談、しましょ……この後のこと」
「じゃあお姉さん、座って休んだら?」
すっかりあさぎは朱鷺に慣れたようで、近くにある農作業の休憩場と思われる木の長椅子の方へ、朱鷺の外套の裾を引いて誘導していた。
「……そうしよう……かな……」
大人しくあさぎに連れられて歩く姿が、やはり畦道を歩く巨大な水鳥のようであり。
不思議な人だと思いながらも、青は気付かぬ内に目の前の毒術師へ好感を抱きつつあった、そんな時だった。
村の奥から延びる山道から藪と木々を突き破って巨大な獣が躍り出た。
「!?」
緑燃える晩春の森に似つかわしくない、鮮やかな四つ足の紅が村落の納屋を破壊して地に降り立つ。
凪の山林で見かけるはずのない、紅虎だ。
「よ、妖獣??」
「式……かしらね」
焦るあさぎの声に反し、朱鷺の声はか細いながら平静だ。
その理由は直後に判明する。
虎を追って、山側から新たな人影が現れた。
「雷神……」
蒼い電閃の光が宙空に尾を描く。
「春雷!」
人影の一喝と共に蒼い雷光が槍のごとく宙から虎の横っ腹を貫いた。
『グオォッ!』
地を抉る轟音、続けざまに無数の雹が紅虎へ降り注ぐ。咆吼を残して虎の姿は煙をあげて消失、代わりに男の姿がそこに現れた。
法軍人と一目で判る戦闘衣。
式術の応用で身を紅虎に変えていたようだ。
「畜生……!」
紅虎の男は満身創痍ながらすぐさま刀を抜き、雷術を放った蒼い人影に向けて炎術を放つ。
蒼い人影は風を操り宙空で身を翻して炎をかわし着地――するや否や、両手に刀を握り紅虎の男に向けて地を蹴った。
「あれは……!」
蒼い人影が、青の記憶に触れる。その名を口にするよりも前に、目の前の勝負は決した。
蒼い刃が一閃したかと思うと、紅虎の男の体が、土に沈む。
「……往生際の悪い」
勝者は溜息と共に呟くと、足元に転がる男の体をつま先で数度突いた。事切れているかを確認する。
「峡谷上士」
朱鷺の呼びかけに、勝者は振り返った。
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