ep.15 選択(1)
栄養失調と脱水症状と貧血と風邪により七日間程度の入院。
それが、保護されて都へ戻った青に下された診断だ。担当医いわく、家出少年が出す症状全部のせ。
妖獣を倒した後、寝落ち同然に気を失った青をキョウが担ぎ、都に帰還。再び病院に放り込まれた青はそれからまる三日間、眠り続けた。
四日目に目を覚ました時に、交代で毎日面会にきていた霽月院のおばあちゃん職員が側にいて、眠っていた三日間の事を説明してくれた。
病院へいの一番に駆けつけたのは小松先生と、トウジュとつゆりの三人で、トウジュとつゆりは青の無事を知って泣いて喜んでいたこと。
派手に書架を倒した蟲之区については、特にお咎めは無かったこと。子どもの体調不良であり致し方なしと見逃されたようだった。
「あの、キョウ……僕を探しに来てくれた人にちゃんとお礼が言えてなくて」
青には、病院へ運ばれた記憶が全く無い。森でキョウと交わした最後の会話が何であったかも曖昧だ。
「青君が気にすることはないのよ。任務なのだから。それが法軍人さんのお仕事なんです」
おばあちゃん職員から、白湯を注いだ湯呑みが渡される。
任務なのだから。
老女の柔らかな声に反して、その言葉は青には重たく感じた。
それにしてもキョウが下士――つまりすでに法軍人として任務を請け負う立場である事が驚きだった。二つ年上のたった九歳にして、戦力として法軍から認められているのだから。
「あ、そうそう。その方からこれを預かってたの」
思い出したように立ち上がり、おばあちゃん職員は棚の上の道具箱から折りたたまれた紙片を取り出した。
「キョウさんから手紙?」
開けてみるとそこには手早く書き流された一文のみ。
『隠しといた』
「!」
小屋の幻影術の仕掛けを見破って、術を掛け直してくれたという事であろう。
「どういう意味からしらねぇ」
おばあちゃん職員は首を傾げながら、再び寝台の脇に置かれた椅子に腰掛けた。その他、学校や今後の入院生活についての説明等も続く。
「それから」
おばあちゃん職員は少しの戸惑いを含んだ面持ちで、寝台で背を起こした青へ封筒を差し出した。
「長が、青君の未成年後見人を名乗り出て下さったのよ」
封筒の中身は、諸々の事務手続きが済んだことを示す各種書類。
「……そう、ですか」
風邪で掠れた青の声。
「長が直々に、なんて私達もたいそう驚いたけど」
霽月院に入所が許された時点で間接的に長の庇護を受けた形ではあるものの、長が直々に誰かの後見人となる事例は極めて稀だという。
なぜそれがまかり通ったのか、青には理解できた。
任務へ出立する日の朝、青が見た藍鬼の素顔。
一目見て、分かった。
長と同じ目と顔立ちをしていた。
「青君が頑張っていたのを見ていて下さったのかしら」
「……」
善良を絵に書いたようなおばあちゃん職員は瞳を潤ませているが、青にとってその事実は、藍鬼の死が現実である証明がまた一つ増えてしまった事を意味している。
青はまだ状況証拠でしか、藍鬼の死を知らない。
任務での殉職ならば、軍が弔うのではないか。
葬儀は行われるのだろうか。
青は藍鬼の本名を知らない。
知るのが怖い。
薄紙一枚分でもいい、希望を捨てたくないという気持ちが、青の心の奥底で足掻いている。
「あ」
ふと思い出して青は左腕の袖を捲った。
刻印の赤黒いミミズ腫れが、今は薄青の血管のように肌に沈着している。光のある場所でよく観察しないと気付かない。
「消えないで欲しいな……」
これが腕に残る限り、足掻くことが許される。
そんな気がした。
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