14 手打ち
キラリと反射する鋭いもの――たぶん、刃物だ。それを背後から向けられているリスイさん。
彼は動こうとしない。となると。
「だから、ゴミを増やすのを辞めて頂いてもよろしいでしょうか」
普段は
子どもはランさんが取り押さえている。よかった、無事だ。
「刀を下ろしてください」
「あんた、見切って……!」
危なっ。モップに念の為に魔力を通して強化しておいてよかった。刃が柄の半分ぐらいまで食い込んでいる。もしも何の魔法もかけていないモップだったら私まで真っ二つだった。
驚いた顔でゴクタさんが私をみているが、見た目はメイドでも私だって元冒険者。荒事には慣れている。
悲しいかな金が無さ過ぎて依頼を選んでいられなかった時代があるので対人戦にも。
長ドスとモップ。なんとも滑稽な鍔競り合い。ランさんのような桁外れの筋力強化魔法は使えないのでモップ同様に魔力で自分をコーティングした即席強化だ。
魔力消費も激しいしこのままでは叩き切られてしまう。
一瞬だけモップに入れた力を緩めて、隙が出来た瞬間にゴクタさんの腕へ蹴りを入れる。
いい音をたてて長ドスは数メートル先へ転がった。
「この女!」
拳を握り、追撃しようとするゴクタさん。怯んでくれたらよかったのに判断が早い。
折れかけのモップを握り直す。身体が軽い。ランさんが付与魔法をかけてくれたのだろう。
それなら――
「もうええ」
せっかく魔力を練り上げていたのに、リスイさんの一言でゴクタさんの動きはぴたりと止まった。なんともおりこうな弟分だ。
争いはやめましょう、という主旨でいいのだろうか。依頼主と揉めるなんて報酬的な意味でも悪夢だから有難い。
モップは買い替えないと駄目だな。残念に思いながらもまた魔法で細かく分解し、
「ゴミ増やすないうてもな、この子ワシ狙ってたやん? ウチも野放しに出来んねん」
子どもの手からは既に刃物が離れている。ああ、これは刃物じゃない。
割れたガラスだ。ボロボロの服を纏った子ども。見たところ浮浪児の類だろう。どれだけ強く握りしめたのか、手はガラスでズタズタだ。
「
でも錆びた刃物とかじゃなくてよかった。破傷風などという感染症の可能性があれば病院に担ぎ込んでいる所だ。
ガラス傷は切り口が鋭い分すぐに肉もくっつく。子どもに応急手当程度の回復魔法をかけると私はリスイさんに向き合った。
「目の前で殺されそうになっているのに、私も“はいそうですか”と見逃せないんですよ」
「まさか、子どもやから可哀想とでも言いたいん?」
「当り前じゃないですか。可哀想です」
姉チャンそんなタイプに見えんけど、なんて失礼な。世間一般的な感性と同じく人死が好きじゃないだけなのに。
それに子どもが可哀想なのは本当だ。
可哀想であるのは一種のアドバンテージだと思う。メンツを何よりも大切にするような人にはわからないかもしれないけど。
「……あ、ぅ」
ちらりと後ろを振り返ると、子どもは声にならない声を出して震えていた。
伸ばしっぱなしの髪で顔はよく見えなかったけど、怯えは伝わってくる。
スカーフェイス強面お兄さんと怪しげなギャングの若頭。それで鋭い眼光で逃げないように子どもを取り押さえるランさん。
普通に考えて怖いよね。私も怖い。けれども今は怖いなんて言ってられないのだ。女は度胸だと気を強く持つ。
「悪いようにはせんて」
「はした金で雇われたような子どもを実行犯として手打ち。そうしたら丸くおさまりますからね」
登龍一家の力はあの取り囲んできた男たちを制圧した時点で示し終わっている。
そうなると後は事後処理だけ。その事後処理にちょうどいい相手として選ばれたのがこの子どもだ。
どこの敵対組織だか、どうせこの転がってる人たちを
浮浪児がひとり死んだところで、誰の遺恨も生まない。ただ、生贄になる為だけに在る。誰からも必要とされない存在。
そんなの、
「要らないからって捨てられるの、可哀想だと思いませんか」
「いつか使うかもって置いとかれて今になったんちゃう?」
「だとして、わざわざ捨てるのだって面倒でしょう。あなたの手を煩わせずとも私が引き取ります」
子どもひとりを助けたところで何になる。
賢い人なら、将来性を考えてなんて理由があるのかもしれない。優しい人なら、理由なく子どもを助けるかもしれない。
私はというと――後悔をしたくないだけなのだ。
死ぬなら目の届かない場所で死ねばいい。でも、目の前で死なれるのは駄目だ。
それに見逃したら後々どうなるかわかっているのも。胸糞悪い思いを抱えて生きたくない。
たとえその日暮らしだとしても身軽に生きたいのだ。
「は?」
引き取る、と言った私に対してリスイさんはぽかんとしている。
無理だと言われたらトイレ掃除に使ったブラシで応戦してやろうか。変なことに巻き込んで、ランさんには謝るしかないが。
「はは、ふ、はははっはは! 姉チャンほんま極道を前にしてその啖呵、おもろいなぁ」
最初は堪えるように。そして一度決壊するともうリスイさんの笑いは止まらなくなった。
これは俗に言う“おもしれー女”認定というやつだろうか。片付けが出来ない妙に気配を消すのが上手いギャングの若頭のほうがよほど“おもしれー男”だというのに。
実際に言われると小馬鹿にされているようでなんか嫌だ。
「リーテスさんが真面目に話しているのに笑うな」
やはり私の味方はランさんだけ。
心なしかリスイさんに当たりが強い気がするけど。とはいえ初仕事がとんでもない汚屋敷だったので仕方がないだろう。
「はぁ、しゃあない。これで手打ちな」
パンッ
軽い音が響いた。
「静かでええやろ。めっちゃ気に入ってんねん」
リスイさんが手に持ちくるくると回しているのは拳銃。遅れて硝煙の匂いがした。
は? この男、いつ抜いた。早撃ちか、引き金を引いたその瞬間を捉えられなかった。
彼の視線の先にはさっきランさんが最後に打ち上げた男が腕から血を流してのたうちまわっている。
落ち着いて観察していくと違う。たぶんだけど、早打ちの類じゃない。
いつも気配を消していて近づいているのと同じように“銃を抜く動作”そのものから、意図的に注意を逸らされた。本当に食えない相手だ。
変わらずにふにゃっと笑っている顔に冷や汗が落ちる。
「ほんじゃ、そこの可哀想な子の処理よろしくな」
「ありがとうございます」
「ええ、ええ。ワシとリーテスさんの仲やん。今日はワシらも帰るけど、また飯でも行こな」
何か言いたそうなゴクタさんの肩を叩くと転げまわる男を回収させてリスイさんは去っていった。
地味に驚く。私の名前を憶えていたのか。それにこの人、距離感の詰め方がエグいな。そもそも、リスイさんと食事したことなど一度もないのに。
あとは――ランさんにとりあえずの考えを言おうとすると、私が口を開く前に頷かれた。ならいいか。
「ひとまず私たちのところに来てください」
「……え、」
膝を折り、子供の目線と合わせる。赤毛の長い髪で隠れて目なんて見えていないけど。
この子からは私がしっかりと見えているだろう。
手を出してしまった以上は仕方がない。放り投げるなんて出来ないのだから面倒は見る。
差し出した手をおずおずと子どもが握った。
【レポート3 リャオ・ラン】
レモンひとつで様々な掃除に応用が出来ると知り驚きました。
そういえば、自分の故郷でも祖母が米のとぎ汁で床を掃除していたのを思い出します。とぎ汁を使うと汚れをとる以外にも床に光沢が出て美しくなるそうです。
さまざまな方法があって掃除はとても奥深いです。
あのお客様には言いたいことがそこそこありますが、何はともあれ初仕事がこなせて良かったです。
【Re:レポート3 リーテス】
やはり地域によって掃除の方法に特徴が出て面白いですね。今度詳しくお話を聞かせてください。
初仕事、お疲れ様でした。とてもハードな内容だったと思います。リャオ・ランさんが一生懸命に働いてくれたおかげで何とかなりました。
そして、幾度も勝手に物事を決めてしまいすみません。以後事前相談するように反省してまいります。
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