13 大掃除

 待って?

 登龍一家の犬になった覚えはない。あくまでも召使いのようなものだ。

 それでいてボスの仇なんて知らない。


「リーテスさん下がってて」

「大丈夫ですか」

「ウン」


 数はざっと20人程度。集団リンチでもこんな数は聞かないんだけど。

 断片的に聞き取れた言葉から、私たちが登龍一家の関係者だと思われているようだ。無関係ではないんだけど腑に落ちない。

 薄暗い大通り、取り囲まれた私たち。助けを呼んでくれないかなぁと窓からこちらを伺う住民に顔を向けるとカーテンを閉められた。まぁそうなるよね。わかってた。関わらないのが賢い選択だ。


 前に出たランさんに対し、私は三歩程度下がる。背に壁を付ける。

 これで少なくとも前だけ気を付けていれば大丈夫だろう。


「何が和解の送り物だ! お前らが渡してきた呪具でボスは、ボスは……!」


 なるほど。絶対リスイさんの家から出土した物だ。

 贈り返しておく、と言っていただのだから身から出た錆な気もするが。言葉通りに持ち主へリスイさんが贈り返していたのなら。無関係だったらご愁傷様。

 今更ながら説明すると、呪具は一定の条件下で発動する加害性の魔法トラップのことだ。命にかかわるものからちょっと嫌だな、という程度まで性能は様々。


 相手の性別や年齢など、作成者が指定した条件で発動する呪具であるがいくつか逃れる方法もある。

 気配を消し、呪具に探知されないように持ったり魔力で覆ったりすると発動せずに持ち運べる。リスイさん宅にあったものはそんな方法で送られた本人が丁寧に扱い、雑に部屋に置いたおかげで埋没したのだろう。

 そしてこの度、掃除によって出て来たそれらは元の場所へ送り返され発動したというわけだ。あんなに散らかしてたくせに仕事、早すぎない?

 おかげさまで私たちが犯人だと思われている。あの人たちのボスが贈り返した呪具の餌食になってしまったのだろう。


「おれたちを襲ったところで何も解決しない。帰れ」

「うるせええええ!」


 ランさんの説得? も虚しく腰から取り出したナイフを振りかぶり男がランさんに突っ込む。頭に血が上っているようだ。

 一人を皮切りに男が雪崩込んでくる。危ないな。


 ――そして、ばったばったとランさんに倒されていく男たちを私は眺めていた。

 とりあえず背後を取られないように壁に背を付けていたが、必要なさそうな程迅速に倒れていく。


 ナイフを持った男は腕を叩き折られ、角材を持った男は頭を強打した後に角材をランさんに奪われていた。

 見事な体裁きだ。今回の仕事は掃除であって冒険者のような荒事とは無関係だ。だからランさんは当然ながら自身の得物を持ってきていなかった。

 それなのに角材を身体の一部のように使いこなしている。


「遅い」

「ぐぁアッ」


 冒険者の相手は基本的に魔物である。対人戦は稀だ。

 対人戦は傭兵だったり、それこそ後暗い仕事代表の暗殺者なんて専門職がいる。だから数の暴力で勝てると舐めてかかったのだろう。

 ただ、不運だったのはランさんが相手だったこと。彼は対人戦が得意だ。故郷では武術を習っていたようで、逆に魔物の相手が苦手なほどだった。


「ひぃ、バケモノッ!」

「あ、あいつっ、ぐああ」


 多人数を相手にする戦闘は狭い場所に誘い込んだり1対1に持ち込むのがセオリーだ。魔道士なら障壁バリアでも張りながら自衛して大規模魔法で焼き払うとか。

 そのどれでもない闘い方でランさんは多数を相手にしている。

 後ろに目が付いているように一瞥することなく避け、同士討ちまで持ち込んでいた。逆に相手の連携がまるでなっていないのもあるけど。


「な、いつのまに強化魔法なんて」

「今」


 魔法を使う為には魔力と意味のある言葉呪文が必要となる。だから私は基本の魔法を行使する際には威力が落ちようとも詠唱を出来る限り短縮して効率性を求めている。

 でも、ランさんの使う強化魔法には詠唱が無い。ランさんは自身の意味のある言葉呪文として魔法を行使しているのだ。

 呪文とは世界が認識する言葉を人間が唱えられる形に落としたもの。だから、世界が認識さえしてしまえば口に出さずとも良い。

 瞬きや呼吸の動作ひとつで恐ろしいほどの強化付与ができ、本人の戦闘力も高いのだからランさんがプラチナ冒険者まですぐに駆け上がったのも納得と言う他ない。


「ぎゃああ!」


 あ、鉄パイプに持ち替えた。こちらの方がしっくりくるのかもしれない。

 くるくると鉄パイプを回し舞踏のような身体捌きで拙い魔法を披露する男を打ち上げた。


「これで最後」

「お疲れ様です」


 ぐしゃり、と崩れ落ちる男。

 パチパチと拍手するしかなかった。見事、の一言に尽きる。


「ほんま凄いなぁ」


 手を叩く音が更に重なった。


「だから気配を出せ」

「褒めてるんやから細かいコトは気にせんで」


 いつのまにかリスイさんまで混ざっていた。

 私以上に手を叩いているしなんならとても楽しそうだ。娯楽作品に出てくるデスゲームの主催とか似合いそう。

 と、今はそんな場違いな配役なんて考えている時ではなくて。


「確信犯ですよね」


 きっと私たちがあの集団に襲われているのを見ていたのだろう。

 あまりにも早いお出まし。隠す気もないようでいつもと変わらない朗らかな笑顔を浮かべている。

 流石に昨日今日で襲われるなんておかしい。私たちが呪具を届けたなんてガセ情報を流し、敵対勢力がのこのこ出てくるのを待っていたのだ。


「だって、掃除する言うたやん」


 悪びれなくいけしゃあしゃあと。普通に考えて人間は専門外だろう。


「普通に考えて掃除ってこっちやろ。元王手クラン所属冒険者が何でも掃除するって。誰が見ても隠語やと思うて」


 まさか。広告の宣伝文句に問題があったと? クランや冒険者ギルドから干された者の何割かが裏社会に流れているのは知っているがまさか。

 後ろでゴクタさんも頷いている。この人もいつの間に来たんだろう。


 危険手当代わりに詳しく話を聞いてみると、敵対勢力の清掃の為に私たちへ依頼。そうしたらなんと、普通に家を掃除されてしまったというわけだ。

 今更実は人間の掃除ですとも言い出せない。しかも家が想像以上に美しくなって。ちょっと絆されそうになってしまったが気を引き締める。

 要は清掃業者が元冒険者でそれなりに名の通ったリャオ・ランさんだったこと。そして私の呪具の取り扱いを見たところでこのまま対人も任せちゃおう! となったのだそう。


 ふざけるなよ。

 口からまろびでそうになるが堪える。相手はお客様だ。


「ふざけるな」


 あ、ランさんの口が先にまろびでちゃったか。以心伝心というやつだ。

 でも咎めない。非はあちらにあるのだから。むしろ言ってくれてちょっとすっきりとさえしていた。


「こちらはただの清掃しか承りませんの――」


 で。と最後まで言い切れなかった。

 小さな影。たぶん子ども――がリスイさんの背へ刃物を振りかざしている。

 咄嗟に私は動いていた。

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