12 万能の洗剤

 丸々な目でランさんは私が抱えている黄色い果実を見つめる。


「リーテスさん、それ何に使うの」

「用途は様々なのですが、まずは絞るのを手伝っては頂けませんか?」

「任せて」


 黄色い果実――レモンを二人でせっせと絞る。果汁はバケツへと溜まっていく。それにしても流石だ。

 ランさんは片手で2つずつ、一気に絞っていく。私がひとつを絞っている間に全て終わらせてしまった。この子は本当に見た目よりも力がある。


「ああ、皮も使うので捨てないでください」

「皮も?」

「はい」


 質が悪く、痛みかけで叩き売りされていたレモンがあったので買ってきたのだ。

 何に使うのか、先に言ってしまうと洗剤代わりである。家主であるリスイさんの前でやるのは憚られたのだ。なんせ、お高い洗剤の代用品に使っているのだから。

 便利なものでレモン汁と水と混ぜて床やキッチンを磨くとたいてい綺麗になる。後は皮もポッドに入れて沸騰させればポッドの掃除に使えるのだ。

 リスイさんがポッドを使うかはさておき、仕事を任された以上は食器も綺麗にしておきたい。


「床の雑巾掛けを頼んでもよろしいでしょうか。キッチン周りが終われば手伝いますので」

「雑巾掛けは得意。リーテスさんが来るまでに終わらせるね」


 頼もしい。

 なんでも、東方大陸――少なくともランさんの故郷では道場の掃除は弟子の役目なのだそうだ。

 修行の一環として雑巾掛けで足腰を鍛えるのだとか。「絶対に掃除をさせる為の方便だと思う」とランさんは言い切っていたが。

 だろうな、と苦笑するしかなかった。


「見て、リーテスさん」

「はい。とてもピカピカです」

「キッチンも綺麗」

「ありがとうございます」


 宣言通り、私がキッチン周りを終わらせる前にランさんは家中の床を拭いてしまった。付与魔法で自身に身体強化を施し、とんでもないスピードで端から端まで拭いていったのだ。

 一流冒険者ともなれば雑巾がけだって一流なのだ。お互いの掃除の出来を称え合う。


「ランさんは休憩をしていてください。他の場所も掃除してきますので」

「疲れてない。おれにもやらせて」

「そうですね……では洗面所をお願いします。レモン汁は水垢によく効くんです」


 私はトイレ掃除へと向かう。レモンは人間の生活圏において万能の洗剤だと思う。使ったあとには爽やかな香りが残るし。

 この効能に着目して作られた洗剤が人気を博しているが、まだまだお高い。だから費用をケチる為には叩き売りされているレモンを買った方が安かったのだ。

 幸いにもこの現場にはレモンを素手で絞れる人間が二人もいたのだ。使わない手は無かった。

 

 それぞれで作業をして。

 ゴミ屋敷が見違えるほどに綺麗になったと思う。身体を腐らせるような呪具が埋まっている家をゴミ屋敷と言ってもいいのかはさておき。

 なんなら途中、幾度心が折れかけたか。燃やし尽くしてしまいそうになったか。


「え、これほんまにワシの家?」

「気配を消して背後に立たないでください」


 ゴミ山ひとつ、否。埃ひとつない家を前にして達成感に浸っていると家主のリスイさんが帰ってきていた。

 戦闘態勢に入りそうなランさんを宥める。命を張る冒険者という職業柄、気配を絶たれるのは敵意と同義なのだ。


「まるで新築やん」

「新築ですアニキ。引っ越してから半年経ってません」


 驚いているのは遅れてやってきたゴクタさんも同じで。

 この、なんだろう。危ないかもしれない。自己肯定感が満たされている感覚が脳を揺らす。

 暗夜行ナイトウォークで働いていた時はランさんぐらいしか私の仕事を褒めてくれる人間は居なかったのだ。お客様から褒められるのはとんでもなく嬉しい。


「このような感じでいかがでしょうか」

「ありがとぉなぁ。思ってた以上の成果やわ。報酬もたんと弾むで」

「恐縮です」


 ゴミ屋敷がゴミ屋敷なだけに請求した額は少し割高にさせてもらったのだが、リスイさんにとってはそれ以上の価値があったようだ。ちなみに報酬は工数×人数で割り出したものなのでそれでも他の清掃業者よりは安いと思いたい。

 王手の掃除屋は人海戦術が主なものであるし。それにお屋敷の使用人はそもそも生活費まで含まれているのだから。

 領収書を書き上げると後で運ばせる、とリスイさんは終始にこやかにしていた。願わくば、この状態が続くことを。



 

 誰が言ったか、遠足は家に帰るまでが遠足。ならば仕事は――


「お前ら覚悟は出来てんだろうなぁ!」

「ボスの仇!」

「登龍一家の犬が」


 るんるん気分での帰り道、なんか尋常じゃない雰囲気の男たちに囲まれた。

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