11 カビ対策

 水回りは特に清潔に保たねばいけない部分だ。キッチン、洗面所、トイレ、風呂場。

 全てが生活に大切な部分である。


水よ、廻れwater 濁流となれwater 流し落とせwater


 言葉に練り上げた魔力を通す。

 私を起点として発生した水が勢いよく壁を駆け上がり、へばり付いた汚れを絡めて排水溝へと流れていく。

 上手くいったようでよかった。同じ発音の中に複数の意味を持たせ結果を分散させることによって、魔力消費と詠唱を分ける手間を省いているのだ。

 

 とまぁこんな感じに。お掃除を始めて3日目。本日は水回り作業だ。

 魔法を駆使してお掃除している場所は風呂場である。浴槽にまで及んだゴミを取り除き、後は普通の生活が出来るように清掃をしているのだ。


 昨日、ゴミを捨て終わったついでに殺虫香を家中に生き渡るように炊いたおかげで害虫の姿は見ていない。

 虫型の魔物が沸いていれば危険手当を頂くところだった。呪具の近くで死んでいた鼠型の魔物が居たが、そんなこともあるだろうと目を逸らす。

 大方呪具から出る瘴気に引き寄せられ、そのまま呪具の餌食になったのだろう。


「やっぱりカビは落ちなかったか。それなら――」


 ここでひとつ、豆知識。

 カビは熱に弱い。人間に寄生するカビ型の魔物だってサウナで落とせるぐらいなのだ。風呂場のカビも同様である。

 世間ではカビ殺しの薬品なども販売されているが、私がやるのはもっと原始的な方法。

 浴室から出て、扉を閉めた。そして魔法を発動させる。


水よ、廻れwater


 水は今頃壁を伝い、薄い膜のように浴室へ張り付いているだろう。


熱よ、all沸き立たせろboil


 ガラス戸越しに湯気がわっと広がったのが見えた。これで後は1分程度待つだけ。

 うん、よかった。やはりカビだって生物なのだ。殺し方さえわかっていればこちらのもの。

 湯気が収まったのを確認するとスポンジでこすりながらカビを落としていく。


風よ、熱を運べdry


 仕上げに水分を取り払ってしまえば完成だ。

 なんということでしょう。ゴミ箱扱いされていた浴室は今は昔。

 タイルにはカビひとつなく、新築のような輝きを取り戻している。いや、たぶんこれ新築のままだ。

 新築の美しい浴室を換気もろくにせず使ったままにし、ゴミ箱扱いしていたのだ。そしてゴミと繁殖したカビが仲良く暮らしていたのだ。

 考えれば考えるほどリスイさんは恐ろしい男である。


「リーテスさん、部屋の掃除は終わったんだけど」

「お疲れ様です。少し休憩しましょうか」


 浴槽掃除の出来を自画自賛しているとランさんが顔を出した。

 彼には掃き掃除をお願いしていたのだ。掃き掃除といえどもまぁ様々な埃が舞っているので重労働だっただろう。


「これ全部掃除したの?」


 成果物――ピカピカになった浴室を見てランさんはぽかんとしている。

 ふふ、悪い気はしない。トンデモなビフォアフターなのだから当然だろう。


「すごい。リーテスさんは何でも出来る」

「器用貧乏なだけですよ」


 やっている内容は簡単な魔法の組み合わせだ。誰だって出来る内容をやっているだけで特別な魔法は何も使っていない。

 けれども掃除には大いに役立っているのだから良しとしよう。


 それよりも大切なのは休憩である。

 いつだって人間は全力の力を出せるわけではない。少し疲れたな、が溜まりふとした瞬間にミスを犯すのだ。

 だから急ぎの用事でないのなら思い切って休んでしまった方がいい。


「今日も近くの公園でお弁当を食べましょう」

「ウン」


 時刻は昼時。魔力も消費して、胃が寂しく鳴く直前だった。

 お弁当は女将さんが詰めてくれたもの。なんでも、食材が痛む前につかいきりたかったらしく格安で沢山用意してもらったのだ。

 世話焼きというかなんというか。でもその気持ちもわかる。

 あどけない顔ではるばる東方よりやってきたランさんなのだ。放ってはいけないのだろう。


「カギはポストへ」

「確かに見たよ」


 二重の確認をしっかりと。

 お仕事とのことでリスイさんは居ない。いくら私たちが仕事とはいえ家を任せてもいいのかと聞いた所「秘密なもんなんてなんもないよ」と笑っていた。

 加えて「書類とか探す時間もったいないから仕事持ち帰ったらあかんねん」なんて。それでいいのか。

 片付けられない人間だろうとギャングの若頭は務まるのだとしみじみ思った。呪具を発動させずに埋めるだけの技能があるので何とも言えない。




 公園、といってもベンチがあるだけのただの空き地だ。子供は誰一人として遊んでいない。

 労働者が腰を休めるだけの空間だ。私たちの他にも壁によりかかったりしながら休んでいる者がぽつぽつといる。

 手提げかばんからシートを取り出すと木陰に腰を下ろした。

 

「あら、竜田揚げですね」

「鶏肉がたくさんあったんだって」


 お弁当箱の一段目はごはんがぎっしりと。そして二段目には竜田揚げが詰まっている。

 思わず顔が綻ぶ。やはり食事とはエネルギー補給と娯楽を兼ね備えた効率的な行為なのだ。

 午後の仕事は拭き掃除。それまでは緩やかな一時だ。

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