10 片付けには諦めが肝心︎

 ゴミ屋敷を前にしてまず何から始めるべきか? それは玄関と廊下の掃除だ。

 玄関は金運を招く場所であるから念入りに掃除するといいとランさんは言っていた。が、私が玄関の掃除を始めたのはもっと現実的な理由だ。

 ゴミを捨てる為の道の確保である。

 そして次にすべきことは。


清浄clear なんで民家の一室で瘴気が発生してるんだろう」


 要るモノ、要らないモノを分別する為の部屋の確保だ。

 玄関の掃除を終え、比較的マシな部屋に入ったものの何故か瘴気が発生していた。死人が出るような場所じゃないと発生しない筈なのに。

 部屋を片付けながら浄化魔法を唱え、同時に窓を開けて換気する。


「いやぁ浄化してくれて助かったわ。ワシのこと嫌いっちゅう奴に呪具とか送られとってなぁ」


 考えを途中で止めて集中しようとしたところでリスイさんがゴミを乗り越えてやってきた。悲しいわぁと言いながら笑っている。

 そっか、ここで死人がいないのならいいか。贈り物の呪具なら。贈り物の、

 

「呪具……!? 浄化出来ない人だったら大変な目にあってましたよね」

「ワシもびっくりしたわ。でも、せっかくもろたし起動させんようにそっと部屋の隅に置いといたんよ」


 危険物を置くのはよくないと思います。しかも効かないなんて意味が分からない。ゴミをそっとどけると禍々しい箱がいくつかあった。

 呪具の捨て方がわからなかった? だからつい貯めてしまったって。

 やはりゴミ屋敷の製造主だけあって普通の神経をしていないようだ。呪具と共同生活だなんて。

 ゴミを捨てに行っているランさんにも地雷のように部屋のゴミに埋まっている危険物について共有しておこう。


「解呪も出来るんやね」

「あくまでも瘴気を祓っただけです。効果はまだ残っていると思いますが、どちらに振り分けましょう。要らないのであれば解呪しますが」

「じゃあこれ、要るゾーン置いといて。後で元の持ち主に送り返しとくわ」

「畏まりました」


 あくまでも私は掃除をしているだけ。後など知ったこっちゃない。

 間違えて起動させないように要るモノの場所へと振り分けた。これ、起動したら身体が腐り落ちたり危ないのも混ざっていそう。

 そんなものがある家なら掃除だって外部委託するか。メンツ以前に身内へ任せられるものじゃない。


「それにしても、この部屋に本当に住んでいたんですか? 水回りは辛うじて生きているようでしたが」

「人ひとり寝れるスペース作ったらこっちのもんやからね」


 風呂は近くの銭湯で済ませていたのだという。水回りが生きていたのは、逆に料理を全くしないので手付かずだったからだ。

 要らないモノに振り分けたゴミを袋に詰めながらリスイさんと軽く話をする。


「凄いねぇ。床見たん一月半ぶりやわ」

「以前はゴクタさん? が掃除をなさっていたのでしたっけ」

「そうそう。定期的にゴミだしてもろてな。でもあいつ、暫く他の仕事でワシの世話出来んかったんよ。そしたらこのザマや」


 どう考えても普通はこのザマにはならないだろう。飛び出そうな言葉を営業スマイルで隠し通す。

 私たちを案内してくれたスカーフェイスのお兄さんこと、ゴクタ・エイトさんはリスイさんの弟分で世話係のようなものらしい。

 たった一月でここまでの部屋に仕上がるのだから彼の苦労に私まで辛くなる。なんでも、呪具の類が集まってきてどうにもならなくなったので“なんでも”掃除する元冒険者の私たちに依頼したらしい。

 “霹靂プロティアン”の二つ名持ちであるランさんが居るというのは半信半疑であったらしいが、冒険者ギルドから干されているのも調査済み。呪具は一度発動すると効果が薄まる。

 だから元冒険者が解呪できるのなら重畳。代わりに呪具を発動してくれても誰も困らない。そんな理由があったのだ。


「それを正直に言いますか」

「無事やったからええやん。瘴気祓ったんも無詠唱で凄いねぇ。姉チャンのことは霹靂クン引き抜いた悪女って聞いとったけど噂はあてにならんもんや」


 やはり私は悪女として広まっていたようだ。

 うん、気持ちはめちゃくちゃわかる。ハウスメイドとして働いていた時も似たような事案を何件か見ていたのだから。

 暗夜行ナイトウォークのメンバーだって他クランの女に引き抜かれる事案が過去にあったのだ。

 客観的にみると今回の脱退に関して広まっている噂はほぼ事実だと思う。紛れもなくランさんが脱退するきっかけとなったのは私だ。

 

「ー姉チャンもそれなりにやりよるっちゅうわけやね」

「昔取った杵柄ですよ。昔冒険者を少しだけやっていましたが、その時の初級依頼で墓場の清掃があったんです」


 当時パーティを組んでいた人に連れていかれた依頼だった。発生した瘴気、まぁ淀んだエーテルみたいなものだ。それを祓いながら引き寄せられた魔物を払い墓地を清掃する。

 とにかく忙しい依頼だった。早く終わらせたい一心で浄化魔法を唱えながら討伐&清掃をしているといつしか無詠唱で使えるようになっていた。

 「昔の話聞かせてや」と暇を持て余したリスイさんにそんな経緯を話す。


「私としては再発予防の為にも、床が見えなくなった経緯が知りたいのですが」

「そんなん、要らんモンって捨てられるの可哀想やん。わざわざ捨てるんめんどくさいし」

「はぁ」


 前者にしても後者にしても具体的な改善が答えずらいな。片付けが出来ない人間にはいくつかのタイプがある。

 リスイさんの場合は3つが当てはまるだろう。

 ・もったいない精神で捨てられない。

 ・貰えるモノはなんでも貰う。

 ・片づけを後に回してしまう。

 厄介な。溜めて貯めて気が付いた時には手遅れ。手の付けようがなく今まで彼がしてきたように家ごと捨てるような事態になるのだ。


「でしたら、もう開き直ってゴクタさん以外の方にもお掃除に来ていただいた方がいいですね。個人での解決は難しそうです」

 

 こういったタイプは孤立したが最後、ゴミ屋敷の主だ。

 現にゴクタさんが数日に一度来ていた時は普通の生活が出来ていたという。


「そうか。やっぱりって感じやねんけどな? せやったら解決したわ」

「それはよかったです」

「これからあいつが出張とかする時には姉チャンらに来てもらうわ。事業名なんやっけ」


 これはリピーターの確保と見ていいのだろうか。まだ全体の四分の一ぐらいしか終わっていないというのに。

 仕事が認められたようで嬉しい。照れながら私は改めて名乗る。

 

「“貴方の手足”です」

「うん? もっかい言って」

「“貴方の手足”です」

「マジか。その名前なんか……辞めた方がええで」


 そんな……。あからさまにドン引きされると傷付く。ランさんは急遽考えたこの名前にとても賛同してくれたのに。

 リスイさん曰く、なんかイヤとのこと。直感的に避けたくなるのだとか。


「そんな……まさか……今更改名するにしても、己のセンスが信じられません」


 なんならランさんだって“代わりの手先”なんて名前を付けていた。それもいいな、なんて私は思っていたのに。

 その話をすると「感性が似てるんやね」と薄ら笑いをリスイさんは浮かべていた。あれは思った以上に真面目な相手を前に何て言ったらいいかわからない顔だろう。


「せやったら、仮やけど“リテイナーズ・サービス”とかでどや? 今一瞬で考えた奴やけど」

「使わせてください。お願いします」

「ええで。その代わりワシの家、めっちゃ綺麗にしてな」

「お任せください」


 もう自分たちのセンスより主観的なセンスを選びたい。リスイさんが快く使わせてくれるそうなのでお言葉に甘えよう。

 ……反社の方が付けたサービス名。問題がある気がしないでもないけど、それはそれ。冒険者だって反社の方とつるんでる人たちはそれなりにいるし!

 というわけで、事業名はリテイナーズ・サービスだ。ランさんには突然の改名で申し訳ないが目を瞑って貰おう。

 広告は……順次変えていけばいいか。




【レポート2 リーテス】

 突然ですみません、本日より“リテイナーズ・サービス”に改名します。元の名前は客観的にあまり惹かれるものではなかったようです。

 そしてもうひとつ重要事項の連絡があります。今回の現場ですが、お客様が知人より贈呈された危険物が多く埋まっています。

 呪具の解呪はしないで欲しいとのことですが、自身の身の安全を優先して仕事をしましょう。


【Re:レポート2 リャオ・ラン】

 お客様が考えた事業名であるのは思うところがありますが、それ以上にリーテスさんの名が使われているようでとてもいいと思います。

 よりいっそう職務に励もうと思いました。

 事後報告ですみません。ゴミ捨て場にいくつかのゴミを運んだ際に呪具が紛れ込んでいました。発動する前に粉砕しておいたのですが、次からは取り扱いに気を付けます。

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