09 初仕事

「あんたらが何でも掃除するっちゅう掃除屋か」

「はい、本日は手紙を拝見し参りました」


 私たちの周りを囲むのは長ドスを背負い顔に傷が入ったお兄さん。そして見るからにガラの悪そうなお兄さんたちだ。

 表立って存在を知られたくない方だとは思ったが、反社の方だったか~~!

 雰囲気、立ち振る舞い、全てでわかる。カタギ一般人じゃない。そもそも一般人は長ドスなんて持ち歩かないんだよ。

 そっとランさんの様子を伺うと、いつも通りの自然体だ。話すのビジネストークが苦手な彼に変わり、客先との会話は私が引き受けると相談して決めていた。


「俺ら見て腰が引けんとは、流石元暗夜行ナイトウォークの人間やな」

「恐縮です」


 めっちゃ引けてます。頑張ってニッコリポーカーフェイスしてるだけです。反社会組織の方だろうが腐ってもお客様の前なのだ。表情は崩せない。

 ついてこい、と最初に声をかけて来たお兄さんの後を追う。彼がリーダー格なのだろう。

 数は3人。ひとりはスカーフェイスでリーダー格のお兄さん。後は距離をとって私たちの後ろに居る。後ろの二人はいかにも新人です、といったチンピラだ。


 チンピラお兄さんたちは動きが少しぎこちないから、慣れない刃物でも持たされているのかもしれない。

 駄目だなぁ。殺る気があるならきっちり隠さないといけないし、護身用だとしても丸腰に思わせた方がいいのに。私が気付いたぐらいだからランさんも気づいていると思う。

 何かされたら、いつでも反撃出来るように私も気を引き締めよう。不意打ち上等。クランでの熱湯ティーぶっかけ事件より気を抜かないように気を付けているのだ。


 なにはともあれいくつか裏道を経由して目的地には着いた。

 その先にはお屋敷とは呼べないが品の良い一軒家。アルテ地区といえば日雇い労働者が多いイメージであったが、ざったなりにこのような家もあるのかと驚く。

 表札は無い。だが、ふと見たドアの隅。滝へ絡みつくように登る龍の紋が描かれていた。


 これは【登龍一家】の紋だ。

 東方系ギャングの組織で勢力としては勢いがあるとは言えないが長年堅実(?)にやっていた所だと記憶している。

 反社組織に堅実があるのかはさておき、嫌な噂はあまり聞かない。あくまでも一般人の私が知っている範囲では。


「アニキ、連れて来ました!」

「よう来たねぇ。待ってたよ」


 リーダー格のお兄さんが礼儀正しくビシっと声を上げると、対照的に緩やかな間延びした声がして。すぐにドアが開いた。

 アニキというからには明らかに上の人間なのだろう。私も自然と背筋が伸びる。


「うわぁ、元冒険者が来るって聞いてたけど“霹靂プロティアン”なんてえらい大物が来たなぁ」

「この細っこい男が? そんな驚くほどの奴なんですか」

「ゴクタ、お前はもうちょい勉強しいや。いうて霹靂クン、20歳ハタチでプラチナまでいっとる冒険者やからね」


 出迎えてくれたのは、東方の着物と呼ばれる服を着た白髪の男性だ。顔は端正なのだが、とんでもなく胡散臭い。絵に描いたような胡散臭い反社の方だ。

 ゴクタ、と呼ばれたお兄さん――私たちを案内してくれた人と話し込んでいる。私たちは完全に置いてけぼりだ。

 けれどもランさんが褒められていると思えば悪い気はしない。このランさん、何故私と一緒にいるのかわからない程度には凄い冒険者なのだ。


 ダイヤ

 プラチナ

 ゴールド

 シルバー

 ブロンズ

 

 といった冒険者のランクがあるのだが、ランさんの歳でプラチナまで上がる冒険者は少ない。

 とはいえ暗夜行ナイトウォークではプラチナもそこそこにいるのでランさん本人は自身の希少さがわかっていないようだった。

 私なんて冒険者シルバー止まりだったというのに。


「ってことはあのメイド服の姉チャンが霹靂クン誑かした本人か」

「誑かした?」

「噂ではな、暗夜行ナイトウォークの――」


 いや、ここまで噂って広まる!? あくまでも冒険者の間での話だよね。

 それに本人わたしたちの前でその話する!? 社会から逸れると同時に神経も逸れてしまったのだろうか。

 これってやっぱり断られる感じかな。とりあえず話が終わるまで待と――


「仕事の話をしに来た」


 ってランさん!?

 思いっきり長い話に割って入った。彼は周りからの評価を全く気にしない人だけど、こういう時にも発揮するのか。


「いやぁごめんごめん。とりあえず入ってな」

「でもその話がほんまなら女に現抜かす奴とクラン裏切るような――」

「黙っとき」


 一瞬だけ、ずしりとした重圧を感じた。ゴクタさんも黙り込むほどに。

 視線を直接浴びたのはゴクタさんだったけどそのは私達にも感じ取れる程のものだ。


「後ろの若い子らはもう帰ってええよ。ご苦労さん。ジイさんによろしゅうな」


 チンピラのお兄さんたちがはい!と声を揃えて下がる。

 ぁあ~この人絶対に危ない人だ。あんな重圧出せる癖にあんな緩い態度を貫くなんて。ギャングはメンツの世界だなんて言うけど、今はさっきと変わって威厳の欠片もない。この人の真意が読めない。

 それに裏世界の人なら金もあるだろうに。わざわざ私たちのような掃除人を雇わなくてもさっきみたいな若い子――子飼いのチンピラはいくらでもいるだろう。

 なんて、思っていたけど。理由はすぐにわかった。


「改めて自己紹介。ワシはリスイ・リュート。登龍一家若頭のリスイやね」

「貴方の手足となって働く召使い、リーテス・イーナスと申します」

「リーテスさんの助手、リャオ・ラン」


 簡単な自己紹介を済ませて。想像よりも地位のある人物で驚いたのはここだけの話。

 リビングに通された瞬間、いや、玄関を開けた瞬間にわかった。

 とんでもない汚部屋だ。廊下を埋め尽くすほどの箱、箱、紙、酒瓶。あとよくわからないもの。視界の端を走る黒い虫にリャオさんの瞳がネコのようにキュっとなった。


「で、キミらなんでも掃除してくれるんやろ。それで口も堅いと」

「はい。なんでもお掃除いたします。それに守秘義務がありますからご安心を」


 だいたい事情はわかったかもしれない。

 そりゃあメンツを大切にする裏世界。若頭の汚部屋を若い者に任せられないのだろう。そもそも普通の感性を持つ人間なら泣いて嫌がりそうなほどの汚部屋であるし。


「じゃあ採用! これからよろしゅう」

「そんな簡単に決めてええんですかアニキ!」

「そもそもお前が一月ひとつきウチに掃除来んかったからこうなったんやで。ここ気に入ってるから引っ越したくないねん」


 今まではこうなるまでにゴクタさんが何かしら手を入れていたのだろう。だって、今のありさまは人の手が入っていない腐海なのだ。

 引っ越し、ということは今まではゴミが溜まる度に住居を変えていたのかもしれない。


「それに元冒険者でクランからも切られた人やったら、おいたした時クビにしても誰も探さんやろ」

「なるほど!」


 なるほど! じゃないんだよなぁ。

 何かしたら物理的に首を切られる可能性が出て来た。この手のタイプは脅しを脅しに使わないだろう。

 この緊張感、冒険者時代を思い出す。冒険者なんて気が付いたら居なくなっているような者がゴロゴロいる仕事なのだ。


「明日から来れる?」

「謹んでお受けいたします」


 簡単に契約書を交わして勤務日を決める。

 少しずつでも掃除を重ねればいつかは終わるだろう。スカートの端を持ち、見様見真似の膝折礼カーテシーを披露した。

 私に続き、ランさんも頭を下げる。


 


 【レポート1 リャオ・ラン】

 いきなり多数で取り囲んだり、噂話を始めるのですごく嫌なお客様だと思いました。

 それにあんな汚部屋を作り出すには芸術的な力が必要だと思います。私達が何か掃除を間違えたとして、私達に非はあるのでしょうか。

 もしもお客様が私達に牙を剥くと言うのなら、全力で受けてたちます。リーテスさんには指一本触らせません。

 むしろ拳で語り合ってはいけませんか? お客様は武芸を嗜んでいるようだったので。


 【Re:レポート1 リーテス】

 相手がどのようなお客様であってもしっかりと対応しましょう。私が大きな顔で言えるものではないのですが……

 初回にしてとても大変そうな依頼だと思います。報酬は頂いておりますので、その分一緒に頑張りましょう。きっちりサポートしますので。

 あと、とても大切な事なのですが。いくらお客様が武芸を嗜んでいそうでも拳で語り合ってはいけません。

 拳で語り合うのは冒険者ぐらいなのです。

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