08 体操着は実質パジャマ

 ビラ配りやギルドに広告を張って早一週間。ついに、ついに依頼が来た!

 見向きもされていなかったものが誰かの目に留まった、それだけでも嬉しいもので。


 


 思い思いに過ごしていた昼過ぎ。

 コツコツと窓を叩く音がした。窓の外、手すりには白い鳥が止まっていた。


「テガミ! テガミ!」

「お疲れ様です。あ、これ今日のおやつのスコーンなんですけど今後ともよろしくお願いします」


 窓を開けて手紙を受け取るとスコーンを軽く砕いて渡す。

 この手紙鳥は郵便局が管理している魔法生物で、速達など大切な書類を配達している。ちょっとした賄賂を渡せば畜生だけあってより早く配達してくれるといった特性を持つ。

 己の欲望に素直なのが畜生らしい。うん、やっぱり私はこの鳥があまり好きではない。


「リーテスさん、その手紙は?」


 瞑想から目を開けたランさんが私の手元を覗き込む。室内でも簡単にできる修業として、ランさんは最近瞑想を行っているのだ。

 普段は女将さんの個人依頼で獣肉を狩りに出ているのだが、今日は何もない日だったらしい。


「“掃除人殿へ 詳細は3日後、正午に訪問ください”と。依頼ですね! 差出人は住所しか書いてありませんが」

「差出人の名前が無いって普通なの」

「……それなんですよね。普通ではないです」


 クランの名を落としたものには制裁が行われるのが通例だ。私たちは一応、内輪揉めのように辞めたのだからせいぜい嫌がらせ程度だと踏んでいたのだが。

 嫌がらせにフルボッコ、は流石に無いと思いたい。そもそも、それではきっと割が合わないだろう。私はともかく全力でランさんだって抵抗するだろうから、お互い無傷ではいられないのだし。


「考えられるのは、表立って依頼出来ない方でしょうか」

「凄い汚部屋とか?」

「ふふ、そうですね。自尊心の高い方は全力で隠すでしょうし」


 ランさんの発想に思わず笑ってしまう。確かにそれもなくはないだろう。

 だが、考えられるのは――


「貴族の隠し子や、表立って存在を知られたくない方の可能性がありますね。記載された住所もあくまで商談の場でしょうし」

「ツェントルム4-6-8……アルテ地区。日雇いの奴らが多い場所だ」

「絶妙に治安が悪いですね」


 元冒険者の掃除屋ともなれば、最低限信頼の大切さを得ているだろう。そんな感じで依頼の手紙を渡されたのかもしれない。


「ダミーの住所で軽い面接でも行う気かと」

「アルテ地区なら誰が顔を出しても怪しまれない」


 はい、と肯定する。

 ちょっと。いや、かなり胡散臭い依頼の手紙。絶対に真っ当な御屋敷ではなさそうだ。

 それでも、私たちを必要としてくれる最初のお客様。誰も見向きもしてくれなかった広告に目を向けてくれた。

 それだけで応えたいと思うのは傲慢だろうか。


「リーテスさん、どうしよう」

「っはい」


 いけない、ランさんの気持ちを考えていなかった。彼が身元のしれない怪しい依頼人の元で働くのが嫌なら無視してしまえばいい。

 二人で合意できる依頼だけをやりたいと考えているのだ。

 難しい顔をしているランさんはやはり、


「おれ掃除のやり方わからない。床の雑巾がけしかしたことない」

「では、3日間で教えますね」


 杞憂だった。ランさんはむしろやる気だったのだ。

 ただ、今まで掃除という掃除をちゃんとしていなかったらしい。床の雑巾がけは故郷の道場で修業の一環としてやらされていたのだそうだ。

 まずは簡単な箒の掃き方でいいだろう。


「今時は掃除が出来る男性は更にモテるらしいですから、仕事以外にも覚えておいて損はないですよ」

「絶対覚える」


 冗談で言ったのに、思ったより食いついて驚く。ランさんにもモテたいなんて俗っぽい欲望があったのか。

 クールな方だと思っていたがまだまだ知らない一面が沢山ある。


「あとランさんの作業着はどうしましょう」

「ア……」

南部の服洋服はあまり慣れないんでしたよね。東方の服は独特ですから」

「ウン。あんまり好きじゃない」


 長袍チャンパオといったか、ゆったりとした服をいつも着ている。

 南部大陸は世界各地の人々が集まる土地だけあって東方から来た者も多い。だからランさんが特別珍しい服を着ている訳ではないのだ。

 あとオシャレとしても普通に売ってるし。


「いつも着ている服でもいい気はしますが、刺繍が綺麗なので汚れてしまうと大変ですね」


 ランさんの服は細かな刺繍が入っておりオシャレさんだ。やはり作業着という感じはしない。

 私のメイド服? 面白みのないただの作業着メイド服だ。最近はコンカフェやらでミニスカメイドさんなるお嬢さんがいらっしゃるが私のメイド服は実用性一辺倒のものである。


「汚れてもいい服はありませんか?」

「防護魔法かけてるから全部大丈夫だよ」


 それはそう。いくらオシャレとはいえ、いつもこれで魔獣討伐やら沼地探索やら汚れに汚れる依頼をしていたのだ。

 わかっていたのに頭から抜けていた。

 己を恥じていると、ランさんが何やらクローゼットをごそごそとしていた。収納魔法で空間を拡張しているのだろう。

 上半身を突っ込んで探し物をしている。


「道服持ってた」


 暫くして、足の先まで潜り込んでいたランさんが黒い服を抱えてクローゼットから出て来た。

 

「いつもの服よりちょっと丈が短いですね」

「武芸の練習着に使うやつ。買い溜めしたままずっとクローゼットに入れっぱなしだった」

「ランさんでも買い溜めなんてするんですね」


 バツが悪そうに「寝巻に使おうと思って」と服を並べる。

 でもその気持ちはわかる。幼いころに入れられていた学び舎、そこの学校指定の運動着はパジャマに最適だったのだ。きっと同じなのだ。

 購入意図がたとえ寝巻だろうと私には立派な仕事着に見える。なんせ東方の服の違いなどあまりわからないのだ。


「何枚かあるなら洗い替えも考えて作業着として申し分ないですね。ランさんの制服は暫くこれでいきましょう」

「ウン」


 黒い道服と私の黒いメイド服。色だけでも揃えると統一感があるだろう。


「3日後までにランさんのお掃除スキルを仕上げるので覚悟してくださいね。あ、えっともちろん難しい所は私がやりますけども」

「大丈夫。ギッチリミチミチに教えて」

「ギッチリミチミチですか……」


 やる気の満ち溢れるランさんと共に、初仕事は幕を開けるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る