【断章】1
リャオ・ランは東方大陸よりはるばる南部大陸へとやってきた冒険者である。
生まれは東方の帝国領にある少数部族。少数部族というと迫害されていると思われがちだがそんなことはなく。家族仲も良好でのびのびと育った。
ちなみに東方大陸にも冒険者と呼ばれる職業はある。そんな彼がなぜわざわざ南部大陸まで渡ったのかというと――早い話が食べ物に釣られたのだ。
東方大陸は良く言って穏やか、悪く言うと退屈な土地だ。少なくともリャオ・ランにとっては。
山もあり海もあり、帝国内だけで食料自給が全て完結している。輸出すれども輸入はあまりない。それでいてあまり“外”に興味を持つ人間が居ないのだ。
だから食事が煮込み料理や米料理など似通ったものばかり。ましてやリャオ・ランの部族は食事への興味が尚更薄かった。婚姻関係も一族内が多く、料理の味なんてどれほどの間変わっていないのか。
同じものばかりの生活に嫌気がさした。
子供の時分に南部大陸からやってきた冒険者に食べさせてもらった料理が忘れられなかった。とろとろのチーズや米粉で代用して作られたパンケーキ。
一度口にしてしまっては知らなかった頃には戻れない。
たまに“外”から来た人間が料理屋を開けども受け入れられずすぐに潰れる。しかも味も東方風にアレンジしようとした痕跡があり微妙なものばかり。
だからこそ15歳を迎えた日に決意したのだ。
『南部大陸へ見識を広めて参ります』
自分から食べにいけばいいだろうと。
幸いにして一族は行ってこい、行ってこいと快く背を押してくれた。リャオ・ランは少年ながら一族でも腕が立ったのだ。
一族の中で彼に勝てるものは居なかったから、更なる強者を求めて旅に出るのだと思っていたのだ。まさか食べ物目当てだとは誰も知らなかった。
勘違いされているのならそのままでいいとリャオ・ランは南部大陸へと渡った。それに強さを求めるのだって嫌いではなかったからだ。
なんせ
そして南部大陸に渡った先で運命の出会いをした。
相手の名はリーテス・イーナス。
くすんだ金髪と月色の瞳を持つ女性だ。それはもう彼女のことが大好きでゾッコンだった。
賢く美しい者は彼女なのだと断言する。だって、リャオ・ランは彼女に命を救われたのだ。
リーテスは
冒険者を始めたばかりのころ、パーティを組んでいた冒険者たちに魔獣の巣の中で囮にされ置いてけぼりにされた。
彼は南部の冒険者事情をよく知らなかったのだ。東方ではクランといった文化は薄く、即席でパーティを組むことも多い。
それが南部ではクランに属していない者は、所属出来ないだけの問題を抱えていることが多いだなんて。
東方から来たばかりのリャオ・ランはカモにされたのだ。知り合いもそんなに居ない若者、運悪く魔獣に囲まれ命を落としたと報告しても問題にならない。
魔獣の巣の中。多勢に無勢、もう駄目かと覚悟した時にリーテスは現れた。
『もう、大丈夫』
その姿を生涯忘れないだろう。
銀の斧槍を振るいながら魔獣を蹴散らす姿。一目惚れだった。
生憎とすぐに気を失ってしまって礼さえも言えず終い。起きた時には数週間も経過して病院のベッドの上だった。
クランに所属していない異国の若者を憐れんだ彼女によって治療費も出されたままで。
急いで礼を言おうと探し回った時には既にリーテスは冒険者を辞めており見つけられなかった。
大怪我を負った日以来、今度は情けない姿を見せまいと必死だった。彼女に惚れられるような強さを手に入れようと冒険者として活動をしたのだ。
奇跡が起きたのだと思った。それでいて美味しい食事まで作って貰えるなんて。
だからこそ、好きで仕方がないリーテスが針の筵になっているのを目にして我慢していられなかった。
辞めると言い出せないのなら手を引っ張って無理やりにでも脱退させようと思ったのだ。
――好きな相手が虐げられているのを見たままではいられない。
好きな相手に尽くして何が悪い? リャオ・ランだって胸を張って言う。
その想いは悲しいかな全く伝わってはいない。
まず、リャオ・ランは自分が想いを告げられる程の強さを持っていないと自認している。
あとは純粋に顔に出にくいのだ。クランでも不思議チャンなんて呼ばれて居たのでリーテスの食事をとっていたところで秘めた想いは誰にも気づかれなかった。
もう一つの理由は――リーテスがあまり惚れた腫れたをよく思っていないからだろう。
クランでも他の男とあまり親密にならないように心がけていたようだ。おかげさまでリャオ・ランはBSS――“僕が先に好きだったのに”なんて情けない独白はせずに済んだ。
最近は同じ部屋で寝た際には雑念を全て振り払う瞑想を行っていたので比喩ではなく
◆◆◆
リーテスと始める“掃除屋”
広告作りの傍らでそういえば、から始まる雑談をしていた。
「マスターに脱退するって言ってないけど良かったの?」
今更ではあるが、スカウトされた後に軽い面談をした相手もヘルマンだ。クランマスターとリャオ・ランは一度も顔を合わせていない。
数カ月に一度帰ってきているという話は聞いているものの、入れ違いで顔すら知らないのだ。東方大陸でも名が通っていたモルガナ・モルデン。
姿絵も本人が拒否しているらしく名声しか知らない存在だった。
「マスター、えっとモルガナさんはあくまでも名義貸しなんですよ。一応あの人なりの理由はあるんですけど」
「名義貸し?」
「クランを作って依頼を呼び込むにもまずは信頼です。だから、ドラゴンやら怪物やらばっさばっさ討伐してる英雄たるモルガナさんをマスターにして信頼の担保にしてるんですよ」
――なので実際の実権は全て副マスターのヘルマンさんが握っていますね。
などという衝撃の事実。
南部大陸に来て、リャオ・ランは驚くことばかりだった。なんせ信頼だのクランだの仕組みが複雑すぎる。
育った東方大陸はもっと単純だったのだ。それに人の出入りも少なかったから、効率はさておきこうもきっちりしなくても回っていたのである。
脱退してからリーテスには逆に助けられてばかりだ。
そんなこんなで、まだ暫くこの関係は現状維持となりそうだ。
どうにもならなかった時は『おれと一緒に東方大陸に渡って欲しい』という言葉をリャオ・ランは用意しているのだが。
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