07 メイドさんとボーイさん

 宿屋【とまり木】のダイニング。ここは作戦会議場である。

 いや、部屋を使えよと思うかもしれない。でも、女将さんの美味しいご飯を食べながら話している方が気が楽なのだ。

 あと密室にランさんと二人きりというのもちょっとばかり照れるというか。

 とまぁそんな事情はどうでもいい。大切なのは今後の話だ。


「ギルドってクランとズブズブなんだね」

「ズブズブですね。いえ、私もまさか1日で悪評が広まっているとは思いませんでした。暗夜行ナイトウォークの影響力を舐めていました」


 そう、朝食をとった後にとりあえず日銭を稼ぐ為に冒険者ギルドへと足を運んだのだが何の仕事も無かったのだ。正確には依頼を紹介して貰えなかった。

 依頼票を手に取って受付に持っていけば“条件を満たしておりませんのでご紹介が出来ません”と突っぱねられたのだ。

 

 冒険者にはそれぞれランクがある。特例を除いて5階級で、実績に比例してランクが上がるのだ。

 かつての私のランクが下から2番目、ランさんは上から2番目。なんか算数の問題みたいになってしまったが、冒険者として今日明日の日銭を稼ぐぐらいなら困らないだろうと。

 なんならランさんは無所属フリーランスでもやっていけるんじゃないかな。なんて考えていたのに。


「これはまずいかもですね」

「まずい?」

「はい、かなり。冒険者ギルドにこんなに早く根回しされたんです。まっとうな冒険者を相手にしてる装備屋や道具屋も怪しいですね」

「そこまでのことをやったのかな」


 やっちゃったなぁ。今更になって少し焦っている。ヘルマンさんはよほど頭にきたのだろう。

 収入源が絶たれてしまえば、いくら貯金があるとはいえこのままではジリ品になる。ただいま展開をされている初日なのだ。


「ヘルマンさんから見れば、私ってとんでもないアバズレなんですよ。他の人の目から見てもなんですけど」


 例えばルーカスさんとか。


「なんで」

 

 下に見ていた召使リテイナーが突然の辞めます宣言。そして期待のエースであるランさんの脱退。

 客観的にですよ、と前置きをする。


「これは他のクランでもよくある話なんですけども。女がデキるクランの男を引き抜いて独立するケースがまぁあるんです」

「そんなに」


 元から私が言わずとも女性メンバー同士での揉め事はヘルマンさんの耳に入っていただろう。だから女関係で気が立っていたのだ。

 そこに私とランさんが脱退宣言をしてしまえばもう役満だ。

 昔からパーティやクランの女関係に関する揉め事は絶えない。


「揉め事回避の為に、女人禁制クランもあるぐらいですからね。それでも揉める時は揉めますけど」

「クランって大変なんだね」


 クランの運営は経営の領域なのだ。それに加えて舐められたら終わりの冒険者業界。

 経営者の視点だけでも冒険者の視点だけでも成り立たない。学ない者が多い冒険者と利益を出し続けなければならない経営。相反する二つの要素でクランの運営は成り立つ。

 だから貴族出身で冒険者なんて経歴の持つヘルマンさんが副マスターでありながら実質的な運営をしていた。


「そんな大変な中で私たちは揉め事を表面化させたようなもので」

「クランからするとよくも舐めやがって、になるんだね」

「男女間トラブルがクラン解散原因歴代トップですから」


 惚れた腫れたはなにも起きる問題ではないのだが。そこまではランさんは知らなくてもいいだろう。

 彼ははるばる東方大陸からこの南部大陸へ渡ってきた。類まれなる才覚からすぐに暗夜行ナイトウォークにスカウトされたのだ。

 どこのクランも東方大陸の言葉で言う青田買いを行っているのである。いい意味で純粋培養。

 だから業界歴だけは無駄にある私のように世間擦れなどしていない。


「困りました。うーん、いっそのこと貯金を使いつぶして暗夜行ナイトウォークの影響がない街まで旅するか……」


 とはいえ中々に難しい。王手クラン暗夜行ナイトウォークの拠点とする街、ツェントルムは冒険者の街として栄えている。ということは、それだけ情報交換が盛んに行われるのだ。

 暗夜行ナイトウォークの影響が及ばない街ともなると下手をすると国境越え、もしくはド田舎だ。

 悩んでいるとランさんがねぇ、と声を出した。

 

「それって冒険者じゃなきゃダメ?」

「と、いいますと?」

「おれもメイドさんになる」

「はい!?」


 はい!?

 いやまぁ確かに彼の美貌ならメイド服も似合うだろう。私と身長だって少ししか変わらないので(ランさんの方が地味に低い)きっちりと着こなすだろう。

 私が混乱しているとランさんは気が付いたのだろう。すぐに言葉を付け足す。


「大所帯のクランでリーテスさんはメイドさんをやっていたから、冒険者に拘らなくても仕事はあると思う」

「あ、なるほど。その場合、ランさんはメイドさんではなくボーイさんですね。確かに冒険者以外ならまだやりようはあります」


 言葉通りの勘違いをしてしまった。

 今までの私の経歴とランさんの輝かしい実績。視野が冒険者業界へと狭まっていたのだ。

 給仕に掃除洗濯に屋敷管理に事務にやっていた内容だけは無駄に多い。私の履歴書はすぐに埋まるだろう。

 ランさんの場合はボーイさんというよりも用心棒が適任だと思うが。


「……それならおれは邪魔だね」

「え」

「リーテスさんは何でもできるけどおれは――」

「一緒にやりましょう、メイドさん! あ、いえランさんはボーイさんなんですけど。ともかくランさんとやりたいです」


 何を言いたいかはわかってしまった。私はハウスメイドとしてクランで働いていたので経験者としてまだ雇われるかもしれない。

 でも、ランさんは南部大陸に来てずっと冒険者だ。ボーイとしての実務経験がない。

 

召使リテイナーの分際で”


 などとヘルマンさんは言っていたが、これも技術職だ。実務経験があるとはいえ私は礼儀作法がまったく必要のない冒険者を相手にしたクラン務め。

 本場の彼、彼女らとは全く違う。実際にお屋敷で雇ってもらえるかというと怪しい。

 だからこそ、


「実は私も不安しかないんです。だから一緒にパーティを組んで欲しい、です」

「リーテスさん」

「冒険者だってソロじゃどうにもならないからパーティを組むんですから。召使リテイナーだってパーティを組みますよ」

「ウン!」


 適当なことを言った。でもランさんは納得してくれたようだ。

 彼が暗夜行ナイトウォークを脱退した責任の一端は私にある。だから、せめてほとぼりが冷めるまでは路頭に迷わせられない。

 そのうち悪評だって収まるだろう。それまでのパーティだ。


「よろしくお願いします、ランさん」

「こちらこそよろしく、リーテスさん」


◆◆◆


 まずは広告作りだ。こういうのは色を使いすぎるとダサくなる。

 できるだけ余分な色や図形を落としてシンプルに。あとは安っぽくなりすぎないように。


「まずは簡単な作業が出来るとアピールしようと思うんです」

「厨房はダメなの? リーテスさんの作る食事美味しいのに」


 さらっと人を褒められるのだからランさんは人誑しかもしれない。でも、お世辞とはいえ厨房は望み薄だろう。

 

「厨房は屋敷勤めのベテランか調理師として身元がしっかりとしていないと難しいんです。毒とか入れ放題になっちゃいますから」

「確かに」


 狙うとしたらやはり掃除だ。

 クランハウスも最初は掃除を主としたハウスメイドの募集をしていた。人間がいる以上はどうあがいても汚れるのだ。

 それに住み込みの使用人を雇えないような人や小規模の屋敷は掃除を外注しているとも聞く。

 なんとか滑り込めないだろうか。


「だいたい出来ました。私たちを売り込む広告はこんな感じでどうでしょう」

「すごい。デザイナーみたいなのも出来るんだね」

「クランの広告にしても経費削減の為には自分で作るしかなかったですからね」


 あくまでも素人仕事。本業のプロが作った物には及ばないとしても、人の目に入るようなものは完成したと思う。

 この原本を印刷所に持って行って刷ってもらおう。そして目につくお屋敷のポストに入れるのだ。

 それに一応、冒険者ギルドには自分を売り込む場もある。どこか私たちを気にしないハウス持ちクランの目に留まれば儲けものだ。

 依頼の紹介を断られても売り込みは大丈夫だろう。


『お掃除、なんでも承ります』

『元王手クランメンバーがきっちりとお掃除します』

『精鋭スタッフがあなたの召使いとなります』


 売り文句はこんな感じ。

 多少の嫌がらせをされたのだから、ちょっとぐらい暗夜行ナイトウォークの威光を借りようと思う。

 嘘は言っていないのだ。


「すごい。きれい。見やすい。きっと依頼が来る」


 褒めてくれるランさん。得意気になっていた私は見落としていた。

 この宣伝では、文字通りにただのだなんて読み取れないのだと。

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